04、泣き虫
「あ、赤司君おはよう。」
『おはよう。』
正門で赤司君とばったり遭遇した。高校生になって、もう1週間が経つ。
あの日、会ったばかりの人間の前で泣きわめいて、図々しかったなと今でも申し訳なく思っていた。だから、余り目を合わせられないのだけど、そんな私を余所に彼は今日もクールフェイスを保っている。彼の性格を一言で表すなら…朴念仁だ。きっと、私のことなど気にすらしていない。詮索されることもないだろうから、それはそれで有難いのだけど、少し寂しく感じるのは彼があの人と同じを容姿をしているから。
もしも、これが征ちゃんだったら涙の理由をしつこいくらいに問い詰めてくるのにと比べてしまう私がいた。
「僕のなまえを泣かすやつがいたら、許さない。僕以外に彼女に触るやつも許さない。」
それは、彼がよく言っていた台詞で、征ちゃんは物凄く心配性だった。というか過保護で、自分で言うのもなんだけど凄く愛されて居たと思う。彼に束縛されるなら、本望だった。
あ、だめだ。また、彼のこと考えてしまっている。
困ったもので、赤司君は彼の存在を彷彿させる。私が征ちゃんから離れられる日なんて一生来ないのではないだろうか…。
ブーブー
三度目の休み時間、スマホが振動を起こした。東京にはまだ友人と呼べる人は一人もいないから、きっと京都の子からだと簡単に察しが付く。未だ友人が0なことに焦りがないわけではない。ただ、征ちゃんを想いすぎて、誰かに心を許す余裕さえなかったんだ。
「やっぱり。」
送信者には親友の名前。久しぶりの友人からの連絡に自然と口元が緩んで、メールを開いたけど、でも、すぐに開かなければよかったと後悔した。
「…嘘…でしょ…」
そこには信じたくないことが書かれており、何度読み返しても事実は変わらない。
文字がぼやける。勝手に視界が滲む。
これは、悪い冗談だと、誰かそう言って欲しい。
『…君さ、そんなに学校が嫌なの? 毎日毎日。泣き虫は鬱陶しい。』
「ご、ごめん。」
不機嫌そうに隣の席の人がぼやいたから、慌ててハンカチを瞼に押し当てた。確かにここ数日、私は泣いてしかいない。
みっともないや。でも、自分の感情を押し殺せるほど、私は大人じゃない。
“征ちゃん、他校に彼女いるんだって!まだ、あんたと別れたばっかりなのに、最低だよね!
なまえ、そっちではうまくやってる?
何かあればいつでもメールしてきてね!”
親友の気遣いも今は何も感じない。
3年間ずっと私のものだった征ちゃんの隣が、もう他の誰かのものだなんて。
-----飽きてしまったんだ。
私が彼にフラれた理由はそれで、だけど、心の何処かでまだ征ちゃんは私のこと想ってくれていると、そんな自惚れを感じていた。
私が不甲斐なかったから、だから、遠距離はできない。それじゃあ、私が一人で立てるようになれば、彼は戻ってくると。心の何処かで、都合の良いように解釈していた。
今はそばに居なくても、いつか、また、隣に征ちゃんのいる未来を信じたかった。
でも、違ったんだ。
もう、私のこと好きな征ちゃんはどこにもいない。
あの3年間は、離れた気持ちと共に、消えてしまった。
それじゃあ、あの時間に意味なんてあったのかな?
『泣いて解決できることなんてない。』
「わ、わかってるっ!」
赤司君は、この人は冷たい。
言われなくても私が一番良くわかってるよ。
いつまでも終わったことを引き摺って、メソメソしている自分が嫌になる。
消せればいいのに。全部、忘れてしまえばいいのに。
でも、彼が私に好きだよと囁いていた過去が、体温が、声が、私のことを縛り付けて離してくれないんだよ。
『…だが、泣きたい時は泣けばいい。』
ぽふぽふと彼の掌が、私の頭を撫でる。その感触に、私はまた涙が溢れそうになった。ずるい。赤司君はずるい。
『今日も付き添ってやる。』
今日も…?
近寄り難い雰囲気で、相変わらず無表情で、だけど、君は休み時間も、お昼休みも、席を立つことなく読者をしていて、私の隣にいてくれた。
ああ、そうだ。ずっと、彼は私の隣にいた。
「…ありがとう。」
小さく呟いたお礼も、きっと彼は気づいていたよね。
君の優しさを痛いほど、実感した。
それは誰の代わりでもない、君の優しさ。
(あと何度泣けば、彼を忘れられるかな?)
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