02、隣の席
入学式を終え、教室に戻ると征ちゃんにそっくりの彼がそこにいた。席は私の隣で、静かに読書している姿がよく眺められる。
始まる前はいなかったはずなのだけど、もしかすると首席を取った彼は忙しかったのかもしれない。
まさか同じクラスだったなんて、これもまた夢だろうかと疑ってしまう。
自由時間。他の子達は早速、女特有のグループとやらをつくり始めている。
これを逃したら、友達作りは面倒なこともわかっていはいるのに私といえば、寝たふりをしつつも隣の席をただ、見つめていた。
横顔だけでもその端正さが伺える。眈々と文字を追いかける彼の姿は何度見ても私の愛しい人にしか見えない。
いっそ、彼が征ちゃんだったらよかったのに。最低だとわかっていても望んでしまって、そしたら、まだ復縁の機会もあるかもしれない。だって、手を伸ばせば届く距離にいるから。
復縁したい。私の駄目なところ全部直すし、言うこともなんでも聞く。そもそも私が征ちゃんに逆らったことなど一度もないけど。
それに、飽きられないように努力だってする。征ちゃんが戻ってくるならば、私はなんだってするよ。
『ねえ、』
「……」
『みょうじさん、』
「へ、わたし?」
『うん。君以外にその苗字の人はいないよ。』
机に突っ伏してる私を赤い瞳が見てる。いつの間にか彼は本を閉じて、頬杖をついていた。
私が好きなのは征ちゃんで赤司君ではないのにときめいてしまうことに罪悪感が沸いて、だからといって私が目の前の彼に好意を寄せても今は叱る人はいないの。
『気が散るんだけど。』
「え、と」
『読書の。』
「あ、ごめんなさい…」
『…何か言いたいことでもあるの?』
「え、べつに…」
『それなら、俺の視界に入ってくるな。女は嫌いなんだ。』
彼は私を睨んで、心底からの棘を投げつけた。きっと普通ならば腹を立ててしまいそうな発言も、私にとっては胸を抉られるように感じる。
「別れたくないの?でも、僕は恋人ごっここに飽きてしまった。」
「何度も電話してくるな。しつこい女は嫌いだよ。」
お願いだから、その顔で、声で、私を拒絶しないで。
涙は枯れることをしらない。どれだけ零しても、感情が押し寄せるたびに、また溢れてくる。
泣くつもりなどなくても、涙は勝手に出てきてしまう。
自身ですら驚いたのだ、ぼろぼろと大粒の雫を流す私に赤司君はもっと驚いたに違いない。
止まれと止まれと何度言い聞かせても、私の身体は答えてはくれない。
『…来て。』
クラスメイトの視線が突き刺さる。私は彼に腕を引かれて、教室を後にした。
カップル誕生だと囃し立てる男子にも動じずに赤司君はただ歩を早めて、どこかへ向かっている。
私は彼について行くことしかできず、だけど、階段を何度も上がるうちに目的地がわかった。
キイィと音を立てて開く扉の向こうには、一面の青色。そして、春の匂いを運ぶ風が緩やかに吹いている。
『…すまない、言いすぎたな。泣かせるつもりはなかった。』
私を見つめる赤色にやっぱり心は苦しくなる。赤司君はくいっと私の目尻に残る雫を拭き取った。
その姿で優しくしないで、甘えてしまいたくなるよ。
赤司君はあの人にあまりにも似すぎている。だけど、あの人ではないとわかってる。頭ではわかっているのに、処理しきれてないの。
「…約束したのに、ずっと一緒だよって…なのに…」
どうして失わなければいけなかったんだろう。
どうして、心は離れてしまったんだろう。
どうして、どうして、どうして…
赤司君にはわけのわからないこと言ってるって、それもわかってる。入学早々、私みたいなのに絡まれて、彼は不快を感じているかもしれない。
「…もう一度、やりなおしたいの…私、どうすればいいのかなっ…?」
(それでも彼は黙って、ただ、泣きじゃくる私のそばに居てくれた。)
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