36、努力心
ふと、横目をやればなまえは俺の布団ですやすやと寝息を立てている。話し合いの後、すぐに彼女は眠りについてしまった。
連日、いろいろありすぎて、きっと疲れが溜まっていたのだろう。
俺とあの人は双子の兄弟で、どうしてそうなったのかも、全て知った。近況を思い返せば、まるで映画でも見ているようだ。
自分が偽物の赤司征十郎だったとしても、正直どうでもよかった。大切な恋人、両親、友達がいて、恵まれた環境で生きていられるだけで、充分じゃないだろうか。
ただ、もう彼女が悲しむのも、泣くのも、傷つくのも、悩むのも見たくないから、俺とあの人だけで、決着をつけたい。
次のテストで、俺が首位を保てればなまえはあの人から解放される。
『もう少し…やるか、』
問題集をぺらりと音を立てて、もう1ページ開く。まぶたが重く、始めた当初よりも頭の回転が鈍い気もするが、今は無理をしてでも勉強をするべきだ。彼女のために、今は1秒でも、時間は無駄にできないから。
「……征十郎…?」
ゆさゆさと俺の身体は揺れる。目を開ければ心配そうにこちらを覗き込むなまえの顔。どうやら俺は机に伏せて、そのまま寝てしまっていたようだった。そんな記憶はないし、残っているのは変な体勢で寝ていたための首の痛さだけ。
『……おはよう、なまえ。』
おはようと返す君は少し、不満そうな顔をしている。手を伸ばせば、簡単に彼女に触れられ、頬を撫でてやれば、彼女は俺の手の甲に自分の手のひらを重ねた。
「ちゃんと寝てないの?」
『大丈夫。』
微笑む俺に対して、なまえは「無理はして欲しくない。」と、小さく呟く。
俺がなまえを心配するように、君もまた俺のことをこうして、気にかけてくれる。お互い思い合うってそういうことだ。それだけでも、十分幸せを感じてしまう。
きっとなまえに出会えなかったら、知ることのなかった感情。
『……こんなに必死なのは、人生で初めてなんだ。』
「え?」
『そういう、熱苦しいの苦手だったはずなんだけどな。』
やり続ければ夢は叶うだとか、熱血系の映画にはあまり感情移入はできなかった。あの頃の俺はとことん冷めた人間だったから。
だけど、いまなら少しだけわかる気がする。あの映画の人物たちの、真っ直ぐに前だけを見て、自分の好きなもののためならとことん尽くす姿勢。
君の幸せがかかっているのならば、俺はいくらでも努力というものに費やしてしまう。世界一大切ななまえのためなら、いくらでも一生懸命な自分でありたいと願う。
さらさらと君の髪を撫でて、それから彼女の唇に自分のを重ねた。
「…それじゃ、私、征十郎のそばにいて監視してようかな。」
征十郎が無理しないように近くで見てるって君は言う。どちらかというと危なっかしいのはなまえの方だと思うけど。この手を離したら、どこかに居なくなってしまうんじゃないかって、たまに思ってしまう。それは口には出さないでおくけども。
だから、今日も泊まりたいなって君は珍しく甘えてきて、君を1人にはしたくないから、もちろん、歓迎するに決まってるよ。
「もしも、2人で暮らせる日がきたらこうやって、毎日征十郎の寝顔とか見れるのかな。」
『それもそう遠くないと思うよ。』
君は微笑んで、俺の言葉一つ一つで、君の表情はころころ変わる。
思い描く未来でも、俺たちは必ず2人で寄り添っているだろう。そう信じて疑わなかった。
大人になるまで、もう少し。
タイムリミットまで、もう少し。
(幸せに終わりはないって、そう思ってた。)
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