35、ピース
「…征十郎、平気…?」
『ああ、』
円満であったであろう、征十郎の家庭がこんなにも重苦しいのは自分のせいだってわかってる。
真実を聞いた。
それは、一般人からしてみたら、あり得ないことで、耳を疑うばかりのことで、けれど、それは「赤司征十郎」だからという理由で全て片付いてしまうことも知ってる。
主に彼の父親が重い口をゆっくり開いて、ひとつひとつ語ってくれた。
事の始まりは、二人の駆け落ち。赤司家の次男と、サラリーマンの娘。その格差が、ひとつの恋愛を駄目にしてしまうところだった。
だから、赤司家を飛び出して、二人で一緒にいられるのならばと財産も、家族も、友人も、何もかも捨てたそうだ。
もちろん、それは許されるはずもなかった。赤司家の人間は由緒正しくあるべきだと。ただ単にブランドに傷がつくのを恐れた上部がそう騒ぎ立て、すぐに彼らは拘束されてしまった。
二度と、会うことすら許されないと覚悟した二人は今、こうして共に暮らしている。
何故、頭のお堅い人達の許可が降りたのかは、それは提示された、一つの条件を飲み込んだから。
『……それが、赤司征十郎の代わりを作ることか。』
真実は残酷だった。
征ちゃんの言うとおり、征十郎が偽物だと言い切られてしまったの。私はそうは思ってないけど、今は慰めは逆効果な気がして、言葉に詰まる。
物の少ない彼の部屋のベットに腰掛けて、私はただ、隣に居る征十郎を見つめることしかできない。
「でも、」
これだけはわかる。きっと、ご両親の、二人の愛情に嘘なんてない。
言い訳になってしまうけれども、失いたくないものを、守りたいものを守れるだけの力をお前につけさせてやりたかったんだと。
征十郎に伝えたあの言葉に、偽りはなかったって断言できる。
『ああ、』
短い返事の後、前を向いたままだった彼が、こちらと目を合わせてくれた。薄ら笑うその表情に何度ときめいたかわからない。
ふわりと覆いかぶさる彼の体温に、心地よさを感じる。
『………それで、俺の守りたいものはなまえだ。』
一度身体は離されて、再び引き寄せ合う。自然と目を瞑って、求められているのか、何度も、唇が重なり合う。彼の重心に耐えきれなくなった私は少しずつベットに倒れこんだ。
横に手をついて私のことを見下ろす彼は、心なしかどこか淋しげな表情をしていて、全部受け止めてあげたいと思ってしまう。
また彼の顔が近づいてきて、私は何の抵抗もなく素直に目を閉じた。
「ふぁ、」
歯列をなぞったり、舌を絡めたり、彼らしくもない口づけも、息苦しくならないようにと、どこか私を気遣ってくれる優しさがあるように感じて、全部が愛おしい。
「…せ、征十郎…」
突然、ぱちんと乾いた音が響いて、なぜか彼は自分の頬を自分で引っ叩いた。まさかの自体にぱちくりと何度も瞬きをする私と、目の前には顔を真っ赤に染める征十郎がいる。
『……続きは、あの人と決着、付いてからにしよう。』
そういうことに未経験なわけではないから覚悟したつもりだけど、やっぱり恥ずかしい。そして、釣られて、私まで顔が熱くなってしまった。
「う、うん……。」
でも、離れたくなくて、また軽く口づけをする。なんでだろうね、征十郎には怖さも何も感じない。どきどきと心拍が上がるだけ。
『歯止め、効かなくなりそうだ…。』
そう呟いた彼は「先に風呂入ってくる。」とそそくさと部屋を後にした。
(……彼と過ごすのは
ただ、ひたすらに愛しい毎日。)
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