34、話合い




「あの、征十郎…」

『なに?』

「無理は、しないで。」

『平気だよ。なまえのためなら。』


彼の手を強く握り締める。不気味な笑みを私たちに向けた後、征ちゃんはすぐに立ち去って行ったけど、征十郎がいくら微笑みかけてくれても不安で仕方ない。隣にいる彼にぽんぽんと頭を撫でられて、ようやく、少しだけど安堵できた。



『…それよりも、俺、結構怒っているんだが。』

「え?」

「とぼけた顔しても駄目。」と言われてしまい、とりあえず、ごめんなさいと謝る。彼に一言も相談せずに独断で勝手なことしてしまったからで、でも、そうでもしないとまた誰かが傷付けられてしまうのが怖くて…私が顔を俯かせるとまた抱きしめられた。


『……今後は絶対に俺のこと頼ること。約束できたら許すよ。』

「うん。」


どんな状況であっても、この人がそばにいるだけで、不思議と落ち着くのはなんでなんだろうな。















「…….青峰君、元気そうでよかったね。」

『ああ。』


放課後に黄瀬君と桃井さんと青峰君のお見舞い行って来たのだけど、なんと彼は黒子くんと同室のようで身体の自由は効かなくとも楽しそうに過ごしていた。至る所に巻かれた包帯が、痛々しさを物語っていたけど。



「…俺なら平気だぜ!それよりもあいつに勝てなかったのが悔しーけどなっ!!」と、青峰君はにかっと歯を出して笑って、これだけ酷い目にあったのに私のこと恨まず明るく振舞ってくれて、いつもとなんら変わらない彼の態度に胸が痛む。

大好きなバスケが出来ないのはお前のせいだって、どうして責めてくれなかったのかな。
そうしてくれたら、私も償う覚悟が出来るのに。

私の周りの人たちは、優しすぎる。

その優しさに、いつだって救われている。




少しの間続いた無言を破ったのは、彼が先。



『……ねえ、なまえ。今日は俺の家に泊まって行って。』

「え、でも、」

『父さんたちにも話してあるから。それから……今日、色々聞こうと思ってる。だから、来てほしい。』


真剣な彼の目をそらすことなんてできない。
どうせ両親は留守だし、断る理由もない。

それに、彼と征ちゃんの出生の秘密を出来ることならば、きちんと知りたい。なんせ無関係ではないから。どうして、こんな状況になってしまったのか、はっきりとさせたい。


急いで自宅へと戻り、着替えと必要なものをトートバッグに詰めてドアの施錠をする。

『…荷物持つよ。』そう言って、彼は鞄を持ち、もう片方は私と手を繋いだ。付き合い始めてまだ日は浅いのに、私達の間の空気はもどかしいものから自然になりつつある。照れ臭さはあるけれど、征十郎が隣にいるのが当たり前で、でも、この時間が大切で。


失いたくない。










これで3度目になる。何度来ようとも異性の自宅に上がるのは緊張してしまって、しかも、両親滞在ともなれば尚更。

「おかえりなさい。」って穏やかそうな彼のお母さんが出迎えてくれて、まさに、暖かい家庭の象徴だった。私の家はどちらかといえば、両親不在が多いし。



「…あの…征十郎君とお付き合いしているみょうじなまえです!」

「こちらこそ、いつも征十郎がお世話になってます。」


夕飯の支度が出来てるから二人とも手を洗ってきてと指示を受けたので、お父さんにも挨拶してから言われた通りにする。
用意された席に座って、目の前には煮物や、お浸し、焼き魚に、和食が並べられていた。征十郎の好物だという湯豆腐も小さな土鍋に入っている。

……少し経って気付く。そういえば、征ちゃんも湯豆腐好きだったなってことに。好みも似ているのは、それは血縁者だからなのかな。

これは私が居るからなのか、とても機嫌が良さそうな二人。申し訳ないけれど、その穏やかな空気はすぐに壊される。



『……夕飯の前に、聞きたいことがあるんだ。』

「どうしたんだ、征十郎?」


ストレートにたた一言、『……俺の両親は、生きていますよね。』と淡々と彼が呟けば、明らかに二人の顔は強張った。




(…どんな真実があっても、彼のそばにいる覚悟は出来てる。)



そう誓っていたはずなのに。


 

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