33、策略家





中学に入学したからといって、周りに変化があるかといえば、そうでもなかった。
媚を売って来る教師も、裏で赤司様とあだ名で呼ばれてることも、もちろん知っていた。
けど、なにも感じない。関西で知らぬものはいない赤司家の人間で、何処にいようとも注目を浴びることに慣れていたから。





「…あ、赤司君、好きです。付き合ってください。」



なまえの告白を受けた時に、彼女に恋慕を抱いていたのかと聞かれたら、僕は迷わずに「なかった。」と答える。

フられる覚悟は持ってきてると、そう言って僕の元へやってくる女の気持ちがわからない。口にすればそれで彼女たちは満足で、少しは断るこっちの身も気遣って欲しいものだ。想いを告げられるのも彼女で5人目で、どいつもこいつもそれしか頭にないのかと疑念を抱く。

……到底、僕には理解できそうにない。





「いいよ。」



僕の返答に君は目を見開いて、何度も聞き返してきた。いくら聞かれても答えは変わらないというのに。

理解でき無いものがある。だからこそ、純粋に興味が湧いた。その対象となったのが、たまたま彼女だっただけで、もしかしたら、他の女が僕の恋人になっていたかもしれない。


…いや、それはさすがにあり得ないか。












「……それじゃ、キスしようか。」

「!?」


返事をもらう前に彼女の唇に触れる。林檎のように真っ赤に頬を染める彼女に、可笑しくなってくすくす笑えば、なまえは更に泣きそうなくらいに赤面した。



「…なまえ、可愛いね。」


そうして始まった僕らの関係。最初は確かに興味本位だったのだけど、何をするにも照れ臭そうにするなまえの初心な態度が、僕の関心を日に日に膨らませていった。僕にいつだって従順で、たまに不安そうに私のこと好きかと聞いてくる姿も、時に甘えてくるところも、僕のことを征ちゃんと呼ぶ声も。

それが恋心なのかはわからないが、手放したくないと思ってしまったんだよ。










「…なまえ、他の男と話すの禁止ね。二人きりもダメ。」

「う、うん。」


暫くして、なまえが他の男生徒と会話するシーンを見るのが苛立って仕方なくなった。なまえの肩に触れるだけでも、そいつのこと殺してしまいたくなる。
所謂それは束縛というもので、でも、彼女は僕さえいれば幸せだから問題はないだろう。

僕に愛してるよと囁かれて、僕の体温だけ感じて、僕のことだけ考えてればいい。











なまえのことが愛しい。誰よりも愛してる。










だから、一つ、試みたいことがあった。

双子の兄弟の存在を知ったのは中学3年冬のこと。父から直々に告げられた。もしも、そいつに劣るようなことがあれば、許さないと。気迫の漂う彼の言葉なんてそっちのけで、僕は他のことを考えていた。にやりと口許が緩む。

僕と同じ顔の人間がこの世に存在する…それを利用し無いわけにはいかないだろう。

一家を丸々関東に飛ばすくらい、僕の一声があれば簡単にできた。







「…私、東京に引っ越すことになって…」


高校はこっちを受けられないと淋しそうに君は僕の裾を掴んで、離れるのがいやだと、そばにいたいと、僕に縋る。

「だからといって僕らの愛はなにも変わらないよ。」と、僕がそう言って彼女にキスをして抱きしめれば、安心したのか微笑んでくれた。

僕が別れを突き出せば、その表情も崩れるのかと思うと好奇心が擽られる。






全ては僕が仕組んだこと。









好きだから、突き放した。

けれど、傷付けて傷付けて、傷付けても、それでもなまえは何があっても僕のことを選んでくれると信じた。


別れの先に待つのが、例え、僕に似た人間だったのだとしても。














「…お前は歪んでるな。」

「そうかい?」


真太郎に種明かしをすれば、すぐに批判を受けた。まあ、凡人にこの考えが理解できるはずもなかったか。

僕は信じたんだよ、本物の愛とやらを。けど、なまえは呆気なくも簡単に僕を裏切った。

夏休みに彼女に会いたくて訪れた祭りで、なまえは僕にそっくりなそいつに笑いかけていた。あのときに感じた敗北感のような感覚は一生忘れられ無い。


「…お前はまだ好きなのか?」


「ああ、なまえしかいない。」





(愛しい君を手に入れるためならば、君の幸せすらも奪ってあげる。)








「……勝負の方法は、学生らしく来月のテストでどうだい?」











 

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