32、果し状
なまえの少し嫌いなところは、なんでも自分で決めて、背負って解決しようとするところ。
それは出会った頃からそうだった。
失恋という重荷を誰に吐き出すこともなく、毎日泣いてた。
あの人と付き合ってるときも、話を聞く限りでは本当は我慢をし続けてきたんじゃないかな。
なまえは人に頼ることを知らない子なんだと思ってる。
……だから、俺が気づいてやらないと。1人でこっそり泣く彼女の姿を見たくない。そんな思いはもう二度とさせたくない。
「……おや、僕はなまえに呼び出されたはずなんだがな?どういうことかな?」
その声にぴくりとなまえの肩が揺れて、同時に俺の身体が強張る。なまえのことを抱きしめたまま、僕らはそちらへと目を向けた。
「…征ちゃん……。」
「そういうことなら、僕は帰るよ。」
はぁとため息をついて、彼の予想ではこのままなまえを取り戻すつもりだったのだろう。それも俺たちを人質にして。でも、自身がいつ危険に合うかわからなくても、俺はやすやすなまえを引き渡したりしない。それはきっと、黄瀬や桃井も同じだと思ってる。…そう上手くはいかせない。
『待て。』
立ち去ろうとする彼を呼び止めるために、久しぶりに腹から声を出す。こちらに再び目を向けた彼のことを一睨した。
『聞きたいことがある。』
初日以来なかなか正体を見せないこの人と、 今ここではっきりさせなければいけないことが沢山ある。お前の目的はなにかと、どうしてなまえを傷つけるようなことするのかと…………そして、お前と俺の関係性は。
信じられない。本当は、信じたくないのだが、もしも、これが事実なのだとしたら、疑問の全ての辻褄が合ってしまうのだ。
「……お前はもう気がついてるだろう?」
『………』
「差し詰め、真太郎当たりが入り知恵でもしたんだろうがね。まあ、もっと早く気づくかとも思ってたけど。」
緊迫する空気が漂う。まるで鏡を見ているかのように、似ている。初めてこの人の存在を知ったときは驚きはした。
知らなければよかったものを、出会うことになってしまったのは、お互い引き寄せるものがあったから。容姿が似てるだけでなく、もっと深い繋がりだった。
『……俺と、あなたは、』
「そうだよ、一卵性双生児だ。」
それは、血の繋がり。
「…そして、お前は赤司家に不要な存在。
生きていられるのは、この僕のストックとしてだけだよ。」
『…それは、』
「知ってるかい?古くから双子は疎まれる存在で、片方は切り捨てられる運命だ。」
あとは自分の偽者の両親に聞けと、嘲笑った。いちいち、癇に障る言い方をするやつだな。
つまり、その切り捨てられた方が俺であって、残された方がこの人だということか。
赤司家がどれだけ名家なのか、正直、興味はない。
だが、この人には感謝してる。きっと、俺だけの力では今、隣にいる彼女と巡り合うことは不可能だったのだから。そのためなら、彼との血の繋がりも悪く思わない。俺はなによりも今が大事だから、そんな計り知れない財力も権力も必要ない。
「…征十郎。」
心配そうに俺を見上げる彼女に、薄く微笑む。大丈夫だって。なまえが自分を犠牲にする必要はないって。
彼女がもしも、本気であちらに戻りたいのであれば俺は素直に手放すが、無理してることは誰が見てもわかる。
『……なまえに執着するのは、俺への当て付けか?』
「どうだろうね。まあ、お前がなんと言おうと、なまえは僕のだよ。」
彼女の気持ちを一切無視して、押し付けるこの人が許せない。そんなやつには何があってもなまえは渡さない。言い合ったところで埒はあかなくて、彼は話が通じるやつでもない。兄弟だというのに、彼の行いは俺には理解しがたいものばかりだ。さて、どうしようか。
「…ねえ、それじゃ僕と勝負しないかい?」
にやりと笑う彼に、一瞬寒気を感じたのは彼女も一緒だった。
「僕が負けたら、この学園から去ろう。だが、もしも、君が負けたら…なまえはもらうよ。」
断るようなら僕はこれからもお前たちの誰かに制裁を与えると、とても理不尽なのだが、誰もこいつのことを止められない。
このまま放っておいても、さらになまえを罪悪感の中へと沈めるだけ。
「だめ!っ受けないで…!!!」
ぎゅっと俺の腕に巻きついて、彼女は必死に説得をしてくるけど、それしか手段がないのならば俺の答えは一つだ。従うのは癪だけどね。
彼女の頭を撫でて、それから、決意した。
『……わかった。受けて立とう。』
(それで全てが救われるならって、本気で信じてたよ。)
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