31、責任感




それは、今朝6時頃のこと。


『…起きてなまえ、』


ゆさゆさと私の身体が揺れる。ゆっくり瞼を開ければ、目の前には征十郎の姿があって、どうして彼がここにいるのか重い頭で考えると、すぐに思い出した。

ああ、そうだ。
親が居ないのはいつものことだから平気だと伝えたけど、心配だから泊まると彼は言って聞かなかったの。



「……おはよう、」



ごしごしと目を擦る。幸せだなと呑気なことを思ってる私とは裏腹に、彼の表情は明らかに強張っていた。



「…どうしたの?」


『桃井から連絡があった。』




その後に続く言葉に眠気は一瞬にして消え去り、私は俯くことしか出来なくて、それから罪悪感ばかりが溢れ出す。

青峰君が暴漢に襲われて、全治3ヶ月という大怪我をしたこと…予測していた最悪の事態が起こってしまった。

黒子君も青峰君も、部活動に力を入れてたことを知ってるから、余計心苦しくて仕方ない。

冬の大会までに青峰君は治るのだろうか。それ以前に彼の身体に後遺症が残ってしまったら、運動が出来なくなってしまったら、どうしよう。考えれば考えるほど、不安しか出てこない。






『…青峰さ、自分から喧嘩を仕掛けたそうだよ。あの人のこと、気に食わなかったんだとさ。』


「え、」


『…全く、あいつは馬鹿だ。』


はぁと一つ溜息を付いてから、ぽんぽんと私の頭を撫でて、しっかりと抱きしめて「だから、なまえのせいじゃない。」と私の心を汲み取ってくれる彼に、それでも私は無理して微笑むことすらできなかった。



『一人で抱え込まないでくれ。昨日話しただろう?俺も無関係ではないよ、きっと。』




「うん。」





今は、温かい彼の体温にしがみ付くことも、征十郎からの慰めも受け取れない。




『……とりあえず、支度しようか。学校の後でないと青峰のところには行けないようだから。』


「…うん。」

















いつも通り制服に着替えて、私たちは学校へと向かう。彼が隣に居るのに、いつもならそれすらも幸せなのに、二人の間に会話はなくて、何を話せばいいのかもわからない。

教室に入れば「「おはよう。」っス。」と声を掛けてくれた桃井さんも黄瀬君も元気がなくて、さすがに今日は素直に笑い合うことなんて出来なかった。一応、私と征十郎の席へと集まったけれど、クラスの誰もがお喋りに勤しむ中で、私たちにだけ重たい空気が纏う。



「…みんな、ごめんね。」



久しぶりに零れた言葉はそれで、それ以上に私に言えることなんてないの。もしかしたら、次は黄瀬君が同じ目に遭わされるかもしれない。桃井さんかもしれない。征十郎かもしれない。
黒子君だってあの事故は故意的なもので、征ちゃんが仕組んだのかもしれない。

理由は私に関わったから。ただそれだけで、呆気なくも簡単に平穏は壊されていく。

たった一人の権力者に。

本当は泣き虫な私は今にも涙が出てきそうで、でも、辛いのは私だけじゃないから必死に堪えてる。泣いたからって現状は何も変わらない。それは前に痛いほど味わったことだ。




「……私はなまえちゃんのせいだとは思ってないよ!」


「俺もっスよ!!」


『俺も、朝言った通りだよ。』





顔を上げれば、微笑むみんながいて、それでも私のせいじゃないと皆言ってくれる。思わずその言葉に甘えてしまいたくなるけど、でも、これは私のせいであることに間違えないの。その事実だけはどう足掻いても塗り替えられない。


「……ありがとう。」


だって、私は皆に手を出させないなんて啖呵切ったくせに、結局なにもしてなかった。征ちゃんが冗談をいう人じゃないことわかってた。なのに、甘い考えしか出来なかった自分が憎い。




みんなが大事だからこそ、私のやるべきことは一つかもしれない。

















(誰かの日常を壊してまで私は…)















征ちゃんへ


3限目に、使われて居ない第4体育館裏で待ってます。





今朝送ったメールを見返す。エラーメールが返ってくるのではないかと少しひやひやはしたけれど、無事に送信できたから読んでくれたはず。
2限目が終わってすぐに体調が優れないから保健室に行ってくると残して、今朝のこともあり誰にも疑われずに私は教室を抜けることができた。後ろめたさはもちろんあるけど、征十郎のことも欺けたと思う。


また、彼に隠し事をしてしまうことになるけど、これはやっぱり私とあの人の問題だから。他の誰も巻き込みたくはない。それが大事な人なら、友人なら、恋人なら尚更だ。


次が起きてしまう前に、私が全てを終わりにする。





かつかつと後ろから足音が聞こえてきて、彼が来たのだと覚悟をして後ろを振り向いた。




「…あ、えっと、…」



『…やっぱり、予想通りか。』




けれど、そこにやってきたのは待ち望んでいた彼ではなくて、この状況に溜息をついて、呆れている征十郎だった。どうして授業中を選んだのか、それは優等生の彼がサボるなんてありえないと思ったから。そう信じたのに彼はここにいる。



「………じゅ、授業は…?」


『誰かさんと一緒で、保健室に行くと言って抜けてきたよ。』


「………。」


『で、誰の事待ってるの?』



「……。」


『…言っとくけど、行かせないよ?』



ぐいっと腕を思いっきり引っ張られて、彼と私の距離は一気に縮まる。振りほどけない。やっぱり、振りほどきたくない。





『…お願いだから。俺のこと、信じてくれ。』


征十郎らしくないか細い声が、聞こえた。




 

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