29、核心部





空いた隣の席を見つめてはそこに彼女の姿を思い出す。


昨日も会ったというのに、会いたくて堪ら無い俺はいつからこんなに彼女中心の生活になっていたんだろう。






「…あれ、なまえちゃん、今日お休みなの?」

『体調不良だそうだ。今朝、電話があったよ。』



なまえが休むのは珍しいことではないのだが、嫌な予感しかしなくて、何故かといえば先ほど届いたメールの存在がそう思わせていた。



−−−−おはよう。黒服の人たちは征ちゃんと関係あるみたい。それで、みんなのこと狙ってる。だから、気をつけてほしい。

私のせいで、ごめんね。



短い文章を何度も読み返す。
何かがあったのは間違えのない文脈。彼女はまた悩んでいて、一番に俺を頼ってくれ無いことに少しだけ淋しさを感じる。



「…心配だよね。」


それは俺だけではなく。桃井や黄瀬たちにも、一括で送られていた。


柄にもなく、もやもやとする。


…ここは実行犯に直接話を聞くのが一番だと思ったのだが、青峰たちの話だと…どうやらあの人ともう一人、背の高い相方は今日は学校を休んでるそうだ。転入してからというもの、あまり学校に来て居ないだとか。

ますます、あの人となまえの間になにがあったのか、気になって仕方なくなる。



「…あ、確か転校生ってもう一人いたよね?」

『…そういえば』


…そこで、俺たちは眼鏡の彼のことを思い出した。















「…俺に何の用だ。」

『少しだけ話に付き合ってくれないか?』


さっそく昼休憩時に彼を呼び出した。嫌々ながらも了承してくれて、あまり一目のつか無い方がいいかと思い、俺たちはひと気のない校舎裏へと向かう。




「…まあ、俺もお前と話してみたかったのだよ、もう一人の赤司。」


『それは、どうも。』


「どうせ、赤司とみょうじのことだろう?」

『話が早くて助かるよ。』



「……しかし、俺は何も知らないがな。」


けれど、期待に裏切られて、彼にそう宣言された。
あの人の命令で転校すら勝手に決められて、一番の目的はなまえのことだろうが他にも企みがあるようで、それが何なのか一切教えてもらっていないそうだ。


まるで、独裁者。なまえの話からも、あの人がどれだけ傲慢なのか想像つく。



「…だが、憶測は幾つか立てている。」

『?』

「赤司はお前のことを昔から知ってるそぶりだった。」

『俺は知らないが、』


「……お前、兄弟はいないのか?」



唐突な質問に首を傾げる。俺に兄弟など居ない筈だ。確信ではないが、どうして悩むのかと問われれば、俺は養子だからだった。


「いつからだ?」

『赤ん坊の時からだよ。』



幼少期に両親と血の繋がりがないことを教えられた。俺の本当の親は事故で亡くなったのだと。

幼い子供にとってはショックの大きいもので、でも、厳しさと優しさを兼ね持つ彼らに不満などなかったし、なにより今のままで十分だから、実の親に会いたいとも思わない。

正直、今の今まで養子であることすら
すっかり忘れていた。
俺は今の家族が、生活が好きだから。


なまえにもいずれは話そうと思っていたことを、大して仲良くもない彼に先に暴露することになるとはな。


そして、そこで一つの仮説が生まれるのだと、彼の言葉に驚きを隠せなかった。

どうして、今までそういう考えに辿り着けなかったのだろうか。



『…まさか、』

「調べる価値はあると思うぞ。」



もうすぐ、予鈴がなる。先に戻ろうと歩き始めた彼は、また一度止まって、こちらを振り向いた。



「……それから、昨日、赤司はやけに機嫌がよかった。…みょうじのこと気に掛けてやってくれ。」


『言われなくてもそうするよ。』


「…彼女はお前といる方がきっと幸せだ。だから、負けるなよ。」


『ああ、ありがとう。』



「…本当に顔はそっくりなのに、性格は真逆なんだな。」と、ぼそりつぶやいてから今度こそ彼は校舎に戻って、彼も中々に苦労してるようで、その背中から伝わってきた。







全てはたった一人の思惑。傷付いて、傷つけて、その後に一体、何が残るというんだ。





学校が終わった後、真っ直ぐに家に帰るべきだとわかっているのに、俺は迷わずに自宅とは反対の道へと進む。


彼女の声が聞きたい、姿を一目見たい。


やらなければいけないことを後回しにしてでも。

…俺は自分でも気づかないくらいに、恋愛にのめり込んでいた。






彼女の自宅はもう目の前。前方から歩いてくる誰かは小さなビニール袋を持ってる。
買い物帰りであろう、その誰かが彼女だとわかった直後、俺の歩行は早くなった。

パーカーに、ラフな格好のなまえは体調不良には見えない。
すぐに俺に気づいて驚く反面、どうしようかと慌ててるのがよくわかった。




「…あ、えっと、お、おはよう。」

『やっぱり、ずる休み?』

「ご、ごめんなさい。」



怒られると思ったのか萎縮する彼女を可愛いなと思ってしまう。勝手に口許が緩む。
落ち込んでいるのかと思いきや、元気そうで安心した。



その腕を捕まえて、そのまま俺の方へと引き寄せて、抱きしめる。



「…あか…征十郎?」

『好きだよ、なまえ。』


何度伝えても照れるのだけど、言わずにはいられない。


(何かを失うことになっても、この手だけは離したくないんだ。)







 

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