28、繋合せ
言葉を失うとはまさにこの事。
私の目の前には、元恋人の赤司征十郎の姿。頬を付き、にやりと口角を上げて不気味な微笑する彼。
逃げるにもどこに逃げればいいのか思いつかない。だって、私の家は確かにここのはず。彼がいるだけで、見慣れている居場所も知らないものへと変わる。
「…ねえ、なまえ。ご両親に僕と別れたこと伝えてなかったの?」
「まだ言えて無い…。それより、どうしてうちにいるの?」
「今は買い物へと出掛けてしまったが、お義母さんが快く歓迎してくれたよ。」
私の両親は征ちゃんの存在を知っていた。そして、気に入っていたことも。「将来は安泰ね。」だなんて気の早いことも言われた。
それも半年以上前のこと。
今まで、私自身が整理が付けられなくて、結局話さずに来てしまったの。
テーブルにはお母さんの今日の間食用のケーキが征ちゃんに出されていて、招き入れられたのは本当のことだと思う。
彼の意図はわからない。けど、一つだけはっきり言えることがある。
「…征ちゃんと私はもう終わったんだよ。こんなことするのやめて…」
春、私達の恋は終わったんだ。初恋は実らないというけど、まさにその通りだった。
もう一口コーヒーを啜って、それから椅子から降りた彼が私と対等になる。幾度となく見たことある表情をしている。それは開眼して私に威圧をかけて、物凄く怒りに満ちてる顔。
追い込まれて、とんっと背中が壁に当たった。私の横に手のひらを付けて、彼のオッドアイの色がはっきりと見える。
「……ろくに説明もせずにさ、僕から引き継いで、あいつを“赤司征十郎”にするつもりだったの?」
「違うっ!」
征ちゃんの言葉にはっと私は思いつく。
今ならまだ、征十郎が近くにいるかもしれない。そう思って、玄関に向かおうと身体を動かしたものの、腕を掴まれて簡単に引きとめられた。
「…この状況下で逃げられるわけないだろう。」
「離してっ!」
彼が私のいう事を聞いてくれるはずもなく、両腕を拘束された私の唇は征ちゃんのそれで塞がれる。
「んっ……!」
同じ顔なのにやっぱり違うの。
彼の舌が私のと無理やり絡み合う、口内を支配されるみたいなキス。
「んっ、や、だっ!やめて、」
離れたと思ったら、今度は私の首筋に顔を埋めた。そこを強く吸い付かれて、それも一度だけでなく何度も。抵抗したくても、彼の力が強すぎて、私は少しも動けない。目頭に涙が溜まる。
私のことなんて考えてくれない。いつもそうだ、彼は自分勝手な人。
「……僕のものって印付けといたから。数が多すぎて、きっと隠せないだろうね。」
「なんで、」
「僕を裏切ったなまえがいけないんだよ。」
「私は何も…」
よく考えてみてと、彼は言う。その言葉の通りに私は思考を巡らせるて、でも、やっぱり答えはわからなかった。
はぁと一つため息をついて、「それじゃヒントをあげよう。」と彼はにこりと微笑む。
「……なまえとあいつが出会うことを僕が仕組んだのだと言ったら、お前はどうする?」
「え?」
まさかの事実に驚くことしかできなくて、でも、今までにいろいろありすぎて、それすらも慣れてしまったのかもしれない。
何を言われても、私の気持ちは揺るがない。
「……そうだったとしても、私は征十郎が好きだから。」
私の気持ちはそんなに軽くないの。何も変わらない。
(例え、必然だったとしても、消せないものがあるから。)
帰り道、彼女との会話を思い出す。
−−−−「それじゃ、お前の友人がどうなってもいいのかい?」
「………やっぱり、あの男の人たちは征ちゃんのせいだったんだね。」
そんな狡い人の元には戻れないと、誰にも手を出させないと、僕を睨みつける。
彼女は変わってしまった。
何もできない、無力な女のくせに。
僕の言うことに首を嫌だと横に降ることはなかったのに。
携帯電話を取り出し、ある人物に電話をかける。
「……答えは出た。だから、残りもやれ。手加減はしなくていい。」
なまえが僕を選ばないと言うなら、全て滅茶苦茶にしてやるよ。
けど、あいつだけは僕が直々に追い詰めてやろう。
何も背負わずに、普通の環境で、普通に暮らしてるあいつが憎い。
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