27、呼捨て



「はぁっ、はぁっ、」

『……巻いたか?』

「たぶん。」


意味もわからずに走り続けて、30分は経過したと思う。息を整えながら、閑静な神社の石段に腰を掛ける。足に力が入らず、まるで空を浮いてるような感覚。元々運動が苦手な方だから、これだけでも身体が堪える。



『…黄瀬達はどうなっただろう。』


いつの間にか3人とはぐれてしまった。何も起こっていなければいい。横で電話を掛ける赤司君のことを見上げる。

だけど、電話は繋がらない。
今は憂慮することしかできないのかな。


『……まあ、あいつらのことだから大丈夫だろう。』

「………。」

『……ほら、みょうじ、そんな顔しないで。』


「……うん。」


ぽんぽんと私の頭を撫でる彼の手が、彼の微笑みがこんな時も私を救ってくれるの。
私の隣にそっと腰を掛けて、不安なのは赤司君も一緒なのに、「心配するな。」と「俺が守るから。」と、私のことを一番に考えてくれる。私は本当に素敵な恋人と巡り合えたんだなって、再確認する。

赤司君と目を合わせれば、彼の顔が近づいてきて、不意に唇が塞がれた。


『……すまない。こんな時だけど、触れたくなった。』

「私も。…なんだか、二人きりになるの久しぶりな気がする。」

『そうか?』


きっと、過ごしてる時間に変わりわないのだけど、征ちゃんがやってきてからというもの、なんだか赤司君と落ち着くことはできなかった。今現在も、ゆっくりはしていられないのだけど。

赤司君に寄りかかってみる。甘えてみる。無言で彼も私の肩を抱き寄せてくれて、暫くはこのままで居たい。追われている身なのに、心強いのは、安心できるのは、やっぱりこの人だからなんだ。





『……なまえ、』


「え?」


『俺も今日からそう呼ぼうかと…いや、決してあの人が呼んでいたのが悔しかったからではなくてだな…』


そっぽを向く彼の耳がまた赤くなっている。照れ屋な赤司君の姿に私は小さく笑みが零れる。

今まで呼び方なんて意識したことなかった。でも、せっかく恋人同士なのだから、私も彼の大事な名前を呼んであげたいな。



「…いいよ、征十郎君。」


『!』


それを呼び合うだけで、更に心が近くなった気がする。前は男の人を苗字以外で呼ぶことに恥じらいがあったけれど、何故だかすんなりと彼の名前が出て来たの。
呼び捨てでいいよって彼が微笑んで、今度は「征十郎。」って呼んで見せた。


『なまえ……』



くいっと顎を持ち上げられて、私は目を瞑る。どきん、どきんと鳴る私の心臓の音は心地よい。






「……あのーお取り込み中のところ、悪いんっスけど…」



だけど、唇は触れ合うことなく、私たちは離れた。目の前にはいつの間にか3人の姿があって、揃ってニヤニヤと口元を緩めている。



『お、お前達いつからそこに…!』

「今さっきっスよ!てか、赤司っちってなまえっちの前だとあんな感じなんスね!」

「つーか、続きしてもいいぜ!録画しといてやるよ!」

「ちょっと大ちゃん!からかっちゃダメだよ!…でも見ててドキドキしちゃった…!」



それぞれの反応を聞いているうちに頬が赤く染まる。それは赤司君…征十郎も同様で、今度は黄瀬君に「二人とも初々しいっスねー!」なんて言われてしまった。











彼らと合流したあとは、謎の男2人組の姿を目にすることはなく、すぐに解散になって、今、私の隣には征十郎がいる。


『……明日からは朝も迎えに来るよ。』

「え、でも、悪いよ…」


お互いの自宅は近くない。寧ろ遠いのだから、いくら恋人でも返事に躊躇ってしまう。気安くお願いなんてできない。


『…今日のこともよくわかっていないし、もしなまえに何かあったら嫌だから。…承諾してくれないか?』


頭を下げる彼。少し考えて、征十郎の気持ちを無下には出来なくて、「いいよ。」と言うしかなかった。でも、やっぱり、嬉しく思うの。


「ありがとう。」

『…それじゃ、また明日。』

「うん、またね。」



(昨日よりもまた少し、二人の絆は強くなってる。)








今日はいろいろあった。振り返りながら靴を脱ぎ、棚に片付ける。
「ただいま。」と居間にいるお母さんに声を掛ければ、そこには家族以外の姿があった。
何故だか優雅にコーヒーを飲んでいる彼に喫驚することしかできない。ずるりと肩に掛けていた鞄が床に落ちる。




「…おかえり、なまえ。」


「なんで…」


どうして征ちゃんがここにいるの?




 

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