01、彼と彼






「世界には自分と同じ顔が3人はいる」という説がある。世界は広い。その中で同じ姿で同じ名前の二人が存在し出会ってしまうのは、どれだけの確率なのだろうか。私は算数は苦手なので答えは出せないけれど。でも、莫大な数字であることは間違いない。






調度、桜が満開の季節。皺ひとつない制服に身を包み、やたらと長い校長の話を右から左へと聞いていた。しかも眠気を誘う内容で、隣の子は爆睡しておりパイプ椅子からずり落ちないか気にはなるけど、放っておいている。今の私に他人に気に掛けるほどの余裕はないから。

今日からこの高校、帝光学園へ入学するわけだが、浮かれ気分でいられない私は、ただ、時間が過ぎるのを待っていた。時計に目をやれば、確かに針は進んでいて、なのに、私の心はあれから止まっているみたい。




昨晩、約3年という期間付き合っていた恋人にフラれてしまった。睡眠不足もあるが、瞼が重いのは、昨日泣き腫らしたせい。



「なまえに飽きてしまったし、遠距離恋愛するほど価値はないよ。だから、バイバイ。」


電話越しに聞こえてきた彼の低い声が今も耳から離れない。

私が京都から東京に引っ越すのも、帝光学園に行くことも随分前に決まっていたことで、遠距離も耐えられるとお互い約束を交わした。だけど、彼…征ちゃんの気持ちは突然変わってしまった。

3年間の絆は呆気ないもので、辛辣な一言で終わってしまった関係に「わかった。それじゃ忘れるね。」と都合よく消せればいいのに…そうはいかない。第一、私はまだ彼のこと好きだから、そんなにも早く見切りは付けられない。中学生活は全て征ちゃんが中心で、軸を無くした私は一体どうやって生きればいいのかすら、わからないんだ。

征ちゃんは私とは違い、優秀で京都一の洛山高校に推薦入学した。どの高校も今日が入学式かな?と、洛山に通う彼の姿を想像した私は物凄く未練ったらしい。なんて女々しいんだろう。
でも、“彼氏”が“元彼氏”になったことすら信じられなくて、忘れようと思えば思うほど、考えてしまって、思考は彼から離れられない。むしろ、どうしたら戻れるのかと、そればかり探している私がいる。


『若い草が伸び、桜も咲き始めた今日。僕たちは帝光学園に入学しました…』


いつの間にか入学式も終盤に差し掛かっており、新入生代表の挨拶が始まった。
ああ、この声征ちゃんに少し似ている。短いようで長い月日、毎日聞いていた彼の声。聞くことはもう2度とないかもしれない。宝石みたいだった征ちゃんのオッドアイに見つめられることも、もう彼のそばにいることもできない。

涙を堪えるため、下唇を噛み締めた。



『…新入生代表、赤司征十郎。』


その名前は征ちゃんと全く同じで、ふっと顔を上げた私の目には愛しい姿が映った。


お辞儀をし、真っ直ぐに前を見つめるのは、赤い瞳。赤い髪。綺麗な顔立ち。
征ちゃんよりも前髪が長いこと、オッドアイではないこと。その2点を除けば、私の愛しい人をまるで生き写しにしたかのように似ている。

ゆっくりと壇上から下りてくる彼と、私以外の周りの時間が止まっているように感じた。

まるで世界には私たちだけしか存在しないみたい。


「征ちゃん…」


口から零れたのは彼の名前。私が勝手に付けて呼んでいたあだ名。




同じ顔の人間が二人いる。そんな空想など、あり得ないと思うよりもなによりも、

ただ、私は征ちゃんが大好きだった。

それしかもっていなかった。


彼からの愛が欲しかった。



(そうして、私はレプリカに恋をする。)


 

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