26、悪巧み
「…ひっく…うっよかった。無事でよかった…!」
「本当だね。大事にならなくてよかった。」
朝、一番に入ってきた黒子君が車と衝突した事故の話。けれど、すぐに先生が彼の安否を知らせてくれて、泣きじゃくる桃井さんもようやく落ち着いた。
黒子君は幸い軽い怪我で済んだそうだ。
学校を早退したいのは山々だけど、放課後にお見舞いにいくことに決まったので、時間がくるまではいつも通り過ごすしかない。
桃井さんは一日そわそわしていて、好きな人が、大事な人が、そんな目に遭ったのだから気持ちはよくわかる。
私だって、もしも赤司君が……と思うと、きっと居てもたってもいられなくなるだろう。
「おーいテツ!!見舞いに来たぜ!!」
「テツ君っ!!」
HRの後、私たちは急いでバスに乗って病院に向かった。
「…みなさん、わざわざ来てくれたのですか。」
「当たり前っスよ!!」
「お騒がせしてすみません。」
「気にしないでいいよ。」
腕や頭に包帯が巻いてあるものの、黒子君は思っていたよりも元気そうでほっと胸をなで下ろす。ただ、足首を捻挫したため当分は松葉杖と生活を共にしなければいけないと言っていた。
『…ああそうだ、これ買って来たよ。見舞いの品がこんなものでよかったのか?』
「僕これが大好きなんですよ。」
赤司君の手から黒子君へ紙袋が渡され、そこには彼からのリクエストであったバニラシェイクが入っている。しかもLサイズのものが二つも。お腹壊さないか心配だけど、本人曰く、バニラシェイクのためなら腹痛になってもいいと笑っている。
「全くよーテツは影薄いからな。いつか事故でも起こすんじゃねえかと思ってたんだよな。」
「確かに!!車の方も、黒子っちの存在に気づかなかったんスかね?」
「…それなんですが…実は、」
常に無表情の彼だけど、曇りかかったことに誰しもが気がついた。
「………何かあったの?」
「誰かに背中を押されたんですよね。それで、赤信号の歩道に飛び出してしまって…。」
「えー誰が!?テツ君にそんなことするなんてっっ酷いっ!!!!」
「誰かはわかりません。そばに何人かいたので…」
登校、通勤者の利用が多い大通りで起こった事故。
「ただ単に誰かにぶつかっただけかもしれないですけどね。」と彼は微笑んで、どうやら犯人追求に興味はないみたい。
話は切り替わって、今日あった出来事を黄瀬君と桃井さんが黒子君に楽しそうに話し出している。
黒子君を突き飛ばした人がいるなんて勘違いであって欲しい。きっとこの場にいる全員がそう願ってる。
「……大したことなくて本当によかったっスね!」
「うん。早く治ってほしいね。」
あの後、黒子君のお母さんの姿が見えて、長く滞在するのも迷惑だからとすぐに帰ることになった。帰りは時間があるため、全員歩きで。
「……まあ、テツは治るまでは部活に出れなくなっちまったけどな。」
『そういえば青峰と黒子はバスケ部員だったね。』
「ああ、そうだぜ!俺もテツもスタメンだ!」
「ちなみに私はマネージャーだよ!」
幸いにも暫く試合もなく、全国大会がある冬までには治るようで…事は丸く収まろうとしていたの。
なのに、まるで仕掛けられていたみたいに、不穏な空気が私たちに襲いかかる。
「…君たち、帝光学園の生徒?」
黒服を身に纏う知らない大人が二人。その厳つい容姿、雰囲気からすぐに暴力という言葉が出てきた。それは予想通りで、片方がいきなり青峰君に殴りかかってきて、反射神経のいい彼は見事にそれを躱した。
「っ!!!てめぇ!!いきなりなにすんだよっっ!!」
『いいから!青峰っ!逃げるぞっ!!!』
関わるべきではないと瞬時に判断した彼の、珍しく声を張り上げる赤司君に続いて、ただひたすらに走る。私は赤司君に手を引かれて、桃井さんは青峰君に手を引かれて、黄瀬君は敵の様子を気にしながら走った。
なんで追いかけられているのか、理由に心当たりはない。
「はぁっはぁっ!」
『がんばれ、』
「うんっ!」
息が持たない。けど、止まればどうなるかわからない。助かるには逃げ切るしかない。
「……っ……!」
考えてた訳じゃない。ただ、頭に浮かんだ。
余りにも非日常すぎる光景に、私の中で一つの予感が過る。
もしかして、彼が……?
でも、まさか、さすがにあり得ないだろう。私だけでなく関係ない人まで巻き込むやり方をきっと彼はしない。
好きな人だったからこそ、征ちゃんはそんなことするはずないと、私は心の何処かで、まだ、あなたのこと信じていたのに。
(……私が思っていたより、あなたは酷な人だった。)
「……さて、まだ始まったばかり。どこで降伏するのか楽しみだね。」
なまえが僕を選ばない限り、永遠にゲームは続くよ。お前の大事な人の運命、全て僕の掌の中。
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