23、嫉妬心






『……みょうじどうかしたのか?』

「え、なんでもないよ!」


授業中もお昼休みも此処に在らずの私を赤司君は心配そうに見つめた。

気にし過ぎだと自覚はしていたから、どう答えればいいのかわからずに私は平然を装う。



“洛山高校から転校生が3人来る。”


朝、桃井さんから聞いた噂話。
でも、ただの噂話だ。もしかしたら、征ちゃんの高校じゃないかもしれない。似たような名前なのかもしれない。大体、京都の有名校を選んだ征ちゃんがわざわざ帝光学園に来る理由なんてない。
仮に同じ学校になったとしても、元カレってだけで今は友達ですらないの。

明日になればわかることだから、午後の授業くらいは真剣に取り組もう。そう思うのだけど、一度気になるとどうしても引きずってしまう。

がたんと赤司君が席を立って、私は手首を掴まれた。



『……ちょっと来て。』


「赤司君…?」



もうすぐ6限目が始まるのに、そのまま赤司君に引かれて私は教室の外へ。ずいずい進んで行く赤司君の後ろをついて行く。…あ、これ、入学式にもあった。なんだか懐かしい気持ちになる。

きっと屋上に向かっている。

予想通りの場所に到着して、扉の鍵をがちゃっと閉めた所でようやく赤司君と向き合った。
赤司君らしくない。どこか、ムスッとしている。見たことのない表情を彼はしていた。



『……みょうじって考えてること、顔に出るよね。』


「そ、そうかな?」


『……あの人のこと、元恋人のこと考えていただろう?』


言い当てられて、はっとする。
この人に誤魔化しが効かないことをすっかり忘れていたの。

それに私だって赤司君が他の女の子のこと考えてたらいい気はしない。寧ろ、それこそ今以上にもやもやしてしまうだろうな。
「嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい。」と俯いて謝れば、身体が暖かいものに包まれた。



『……すまない。少し嫉妬した。』

「ううん、私のせいだから。」



弱い彼の声が、嫉妬してくれたことに、駄目だとわかっていてもやっぱり嬉しく思ってしまって、私は口元が緩む。反省しなきゃいけないのにな。

彼の顔を見上げると、赤司君は私の前髪を掻き上げて額にキスを落としてきた。


お互いに頬を赤らめて、微笑みあって、それから今度は唇を重ねる。

これで3回目。そのうち両手じゃ数えきれなくなるのかな。そう思うと気恥ずかしくて、でも、そんな未来が待ち遠しい。




『……なにか不安なことがあるなら、なんでも話して欲しい。1人で抱え込まないでくれ。』

「ありがとう。」



こうして私には向き合ってくれる人がいるんだ。心配してくれて、手を差し伸べてくれる。
だから、もう赤司君に隠し事はしない。これからは些細なことも、なんだって彼に伝えていこう。

征ちゃんのことを、私の嫌な予感について話せば、赤司君は「なんだそんなことか。」と頭を撫でてくれた。



『…俺は会ってみたいよ。自分にそっくりな人に。』



でも、ドッペルゲンガーに会うと死んでしまうと聞いたことがある。私が余計な心配をすれば、「あの人と俺は違う人間だから平気だよ。それとも、みょうじにとっては同じなのか…?」なんて、またムッとして答えるものだから私は焦って「違う!」と即答した。




「私が好きなのは赤司君だから。」

『なら、何も心配ないだろう?』

「うん。」



……この人は不思議だ。どうしてなんだろうな。私の不安をいとも簡単に消してくれる。
抱きしめられると安心できる。ずっとこのままでいたい。そんな私の気持ちが筒抜けていたのか、それとも赤司君も同じだったのか、珍しく彼から「サボってしまおうか?」と誘われて、私は躊躇わずに「うん…!」と返事をした。


屋上で2人きりで過ごした時間も、重ねて行く日々全てが愛おしい記憶になっていく。


(きっと、最後の恋だって信じてた。)






















「……なあっ赤司いるかっっ?!」

『どうしたんだ青峰?』


次の日。朝のHRが終わって、すぐに隣のクラスから走ってやってきた青峰君。慌てふためく彼の姿に私たち以外のクラスメイトからも注目を浴びている。



「やっぱり、赤司いるよな…」

『朝からどうしたんだ?』

「……いや、俺のクラスに赤司が転校してきた。あとでっけえ奴も。これ夢じゃねえよなっ!?」


何言ってるんだと笑う人もいた。桃井さんも「大ちゃん寝ぼけてるの!?しっかりしてよっ!」と青峰君叱りつけている。

普通ならば信じ難い話。


けど、青峰君は嘘ついていない。全部事実だ。私と赤司君だけがその意味を理解した。









「ふーん、彼女はこっちの教室か。残念だな。」


青峰君の次にこの教室に足を踏み入れた人物を目にした瞬間、室内が静まり返る。





…だって、私たちのクラスメイトに彼と同じ顔の生徒が存在しているのだもの。


私と同じ学校の制服を纏っている彼…。私の好きだった人。



「なまえ久しぶりだね。会いたかったよ。」


「………」



隣にいる赤司君に手を握られた。それだけでも心強く感じる。二人の手首には形は違うけどお揃いのものが付いている。今の私は、征ちゃんに縋っていた頃の私じゃない。



「………征ちゃん…こんな所までなにしにきたの?」


「そんなの一つしかないだろう?お前のこと迎えにきたよ。」






運命なんて本当はこの世にないこと、私は痛いほど知ることになる。





 

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