21、口づけ





『夏休みは結局二人で出かけられなかったから、明日どこか行かないか?』



日暮れが早くなって、夜は肌寒くなってきた。
何度目かの赤司君との帰り道。今だ隣に君がいることに慣れない。
どうやら赤司君も同じで、手をつなぐことすらぎこちない私たち。

それでも、一緒にいたい。休日も赤司君といれることに嫌だなんて言葉は出てこないの。行きたいと私が即答すれば、なぜか赤司君は気まずそうに黙り込んだ。なにか気に障ること言ってしまったのだろうか。


『……みょうじはあの人とどこへ行ったりしたんだ?その、参考にしたい。』


あの人とはもちろん征ちゃんのこと。赤司君の前で征ちゃんの話をするのは正直気が進まないのだけど。


「……いろんなところに連れて行ってもらったかな。」



初デートは有名なテーマパークを貸し切って、二人きりで遊んだ。
そういえば、そのときに初めて彼がお金持ちなのだと知ったな。

食事に行こうと誘われても高級レストランだし、征ちゃんの自宅に呼ばれてもパーティに参加してるみたいで緊張しっぱなしだったし。
御曹司と一般人では感覚があまりにも違いすぎてついて行くのに精一杯だった。


『そうか。なら、庶民の俺にはハードルが高いな…。』


「わ、私は赤司君と居れればどこでもいいよ!」


『ありがとう。』



赤司君は薄く笑って、でも何か言いたそうにしている。「…どうかした?」と私が首を傾げれば、隠さずに答えてくれた。


『……あわよくば、あの人と行ったことのある場所を…全部俺との思い出に塗り替えてやろうかと思っただけだよ。』


「無理そうだけどね。」と笑う彼が…征ちゃんの存在を気にしてくれている彼に、私は嬉しいと思ってしまうのだ。

会話をしているうちに自宅が見えてきてしまった。いつも歩いてた帰路だけど、とても短く感じる。



『それじゃ、また明日。』

「………。」



まだ帰りたくないけど、赤司君は毎日勉強の予習してるみたいだから、我儘は言えない。
でも、名残惜しくて、手が離せない。


『…今日、泊まりにくる?』

「え?」

『両親とも仕事で居ないんだ。』

「え、っと、」

『……あ、いや…決して疚しいことは考えてないっ!

…ただ、俺もこの手を離したくないだけだよ。』


私が篭るものだから、お互いに顔を赤くしてしまって、でも、赤司君と一日一緒に居たい気持ちは大きいの。だから、私は「行く!」と返事をした。



















赤司君の家に来るのはこれで二度目。
初めてきたのはあの大雨の日。あの時はまさか、恋人として再びこの家に上がるなんて思ってもみなかったな。




「……お風呂ありがとう。」

『適当に座ってていいよ。この課題だけ終わらせるから少し待ってて。』

「うん。」


私がシャワーを浴びてる間も赤司君は机に向かって、勉強をしていた。
赤司君の横顔が見える位置にちょこんと座る。
真剣な顔して課題に取り組む姿に、この人はいつだって努力を惜しまない人なんだって思った。人として尊敬する。




『……終わったよ。待たせてしまってすまない。…みょうじ、眠いの?』

「ま、まだ大丈夫っ!」

『無理しなくていいよ。そろそろ寝ようか。』


気が付けば時計は0時を回ってる。赤司君はソファで寝るからとベットを譲ってくれたのだけど、私は別の部屋へと向かう彼の裾を掴んで、引き止めた。





「その、一緒に寝ればいいと思う。……離れたくない。」



私の発言に目を見開く赤司君。我ながらなんて大胆なこと言ってるんだろう。どきどきと鼓動が高鳴る。

それは私だけではなくて、抱きしめてきた赤司君も同じだった。心臓の音が早い。



『……あまり可愛いこと言わないでくれ。』


そっと身体が離れたあとは、お互い見つめあって、赤司君の瞳に自分の顔が映ってるのが見えるくらいに近い。

赤司君がどうしたいのかわかってしまって、そっと瞼を閉じれば予想通り、唇に柔らかい感触が当たった。


今日この日は、初めて、赤司君とキスした日になるんだ。



『……実はさ、みょうじにキスするの初めてじゃないよ。』

「え?」

『あの日、5回くらいはした。』

「え、え??」

いつのこと?って聞けば、赤司君に笑って誤魔化された。
「ほら、早く寝よう。」って誘導されて、彼の横に寝転がった瞬間それどころではなくなってしまったのだけどね。





『……好きだよ。』


「私も好き。」



こうして、想いを伝え合うことも、まだ照れ臭い。

ずっと、心臓がバクバクしていて、寝れるわけないと思っていたのに、


気がついたら私は眠りについていた。




(隣にいるだけで、安心できるのは貴方だけなの。)


『……しまったな……この状態で眠れるわけない…。』
























無駄に広い豪邸の、俺の幼馴染の自室の扉を思いっきりい勢いよく開いてやった。


「おい、赤司!!俺は聞いてないのだよ!またお前は勝手なことを!!」

「ああ、真太郎やっときたか。」



俺が怒声を上げる事も想定内だったのだろう。赤司はいつも通りで、ソファに座っているだけでも偉そうな態度がだだ漏れている。


「僕の幼馴染なら付き添ってくれるだろう?」


「……大体なぜこんなこと…夏祭りで出会ったもう一人の赤司が関係してるのか?」



似てるなんてものじゃない。生き写しのようだった。

同じ人間が二人いる。









「ああ、あいつは僕の偽物だよ。」


そう言って、赤司はにやりと笑った。



「手続きに時間がかかっていてね。僕にもいろいろあるんだ。でも、冬休み前には移れるよ。」

「……俺に、拒否権はないのか。」

「ない。ちなみに敦も一緒だ。あいつは快く僕に着いてきてくれるといってくれたよ。」


俺は思う。こいつを敵にして、勝てる奴なんて、いるのだろうかと。






 

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