17、夕焼け



「あの、赤司君…」

『なに?』



「用事できたから買い物行けないっ!」と、そのまま家を飛び出してしまったから、帰ったら こっぴどくお母さんに怒られるだろうなあ。なんてことも考えられないくらいに私は緊張をしていた。


ーーーーー『俺になにか隠してることないか?』

あの日の赤司君の言葉を思い出してみる。

今ここで全てを話してしまえば、私は楽になれるのかな。こんなモヤモヤ悩まなくて済むのかな。

まさか、自分と同じ顔、名前の人間が存在するだなんて、夢にも思っていないだろう。その人が私の元恋人だなんて。



「何処までいくの?」


『秘密だ…』


土地勘のない私にとっては知らない道をどんどん進んでいく赤司君に少しの不安を覚えている。

綺麗な赤髪が目に入る。隣を歩くには申し訳ない気がして、赤司君の後ろを歩く私。

「この辺でいいか。」と、坂道を登り終えた先で彼の歩みが止まった。






「……凄い。」



思わず声が漏れる。俯きかけて居た顔を上げれば、一望できる街の風景が目に入って、橙色の夕日がさらに演出を引き立てている。広い世界を眺めると自分の悩みが小さく思うってよく言うけど、まさにその通りだ。


『…何か壁にぶち当たった時によく来るんだ。』

「赤司君でもそんなことあるんだ、」

『ああ、あるよ。』


みょうじは俺をなんだと思っているんだ。と彼が笑うから、私も釣られて笑った。

ここは赤司君にとって、誰にも秘密で、特別な場所なのだと。




「…でも、どうしてここに?」



『…伝えたいことがあるからね。』




赤司君の顔つきが変わって、どきんと私の心臓は鼓動を打った。覚悟…しなければいけない。自分の気持ちに区切りをつけなきゃいけない。征ちゃんのことも今ここで終わりにしたい。赤司君を騙すようなこと、もうなしにしたい。


逃げられないじゃなくて、逃げないの。




『…正直、どうするべきか悩んだ。』


「……。」


『更にみょうじを悩ませてしまうかもしれない。』



申し訳なさそうに赤司君が私を見つめて、その意味が私は理解できなくて。
彼の中に何処か躊躇が見えて、でも、ゆっくりと口を開き始めた。




『みょうじが隠してるのは元恋人のことだろう?」


「う、ん。」




話そうと決意したのに、どうしても歯切れの悪い返事しか出てこない。こんな自分が嫌になる。




『…俺にそっくりな。』


「っ!」


『だから、出会ったときからずっと、みょうじを苦しめていたのは俺自身だった。』


「それは、」



想像もしていなかった台詞に私は動揺を隠せなかった。私以外にこの事実を知ってる人はいるはず無い。

もしかして、あの夜…赤司君は征ちゃんに会ったの?



「いつから、いつから知ってたの…?」


『期末テストの前かな。』



どこでなにを知ったのかまでは詳しくは聞けなかったけど。
つまり、夏祭りのときにはもう知っていたんだ。なのに、彼は何も変わらず私に接してくれていた。

はぐれないように手を繋いでくれたり、なるべく人に当たらないように誘導してくれたり、気分が優れない私のためにわざわざ並んで飲み物を買ってきてくれたり。

変わらず、優しいままの君だった。

それに比べて私は、自分に都合が悪くなった途端、すぐに逃げ出した。


「……なんで、赤司君は私のこと軽蔑しないの?最低だって、だって、私は赤司君を身代わりにしようとした。」



それは最初だけだったけれど、してしまったという事実に変わりは無いの。自分では割り切ったつもりでも、もしかしたら、その気持ちがまだ残ってる可能性だってある。私はいつも区切りが付けられないから。




『きっと、俺はみょうじじゃなかったら距離置いていたよ。面倒事は嫌いだから。』


「じゃあ、なんで…?」


『なぜだと思う?』



そう言われても私には何も思いつかない。

いつもみたいに薄く微笑む赤司君と目が合う。腕を引かれて、ぽすりと彼の胸板へと倒れこんだ私はそのまま抱きしめられた。これで2度目。




『……俺も自分で考えてみたんだ。そしたらさ、答えは一つしかなかった。』



赤司君の心臓の音が速い気がする。私と同じくらい。その音が、なんだか気持ちを和ませてくれるみたいで、どうしてだろうね。とても落ち着くの。











『……なまえ、好きだよ。』





その言葉を聴いた後、数秒、時が止まるような感覚に陥った。


(私が彼に恋をすることは、許されますか?)








 

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