16、逃避行
「赤司君っ!…あれ、なまえちゃんは??」
『ああ、桃井か。みょうじなら体調悪いから帰ったよ。』
「そうなんだ…大丈夫?」
『一晩休めばきっと、』
「違うよ!赤司君も元気ないよ?!」
『………平気だ…。』
そばに居た黄瀬や青峰君が「フラれたのか!?」と可笑しそうにしてるから、威圧を見舞いしてやった。肩をビクつかせ、「冗談っスよ!」と慌てる彼らに構う気も起きない。
妙に苛立ちを感じる。けれど、それは彼女に対してではなくて、なにもでき無い自分自身に。
「…ごめん、赤司君。私、気分悪いからもう帰る。」
『…そうか。なら、送っていくよ。』
「大丈夫。一人で帰れるから!」
『だが、夜道は危な…』
「バイバイっ!」
せっかく買ってきてくれた飲み物も受け取らずに、赤司君の言葉すらも遮って。あれだけ楽しみにしていたお祭りだったのだけど、私は逃げるように帰路を走った。
とにかくここから遠退きたい。もう一度緑間君と鉢合わせてしまうかもしれない、征ちゃんに会う可能性だってある。
……なにより赤司君と二人きりに耐えられなかったのだけど。
ほんの数分前まで心地よく感じていたのが嘘みたい。
これは、赤司君への罪悪感?後ろめたさ?
それとも、征ちゃんへの未練なの?
なんだかもう自分でもわからない。わからないから誰にも吐き出せない。
ただ一つ言えるのは、征ちゃんの存在が、私を混乱させるってこと。
吹っ切れたつもりで、私はやっぱり征ちゃんのことが忘れられないの?
大事なことに目を背けて逃げて、中途半端な気持ちで赤司君の優しさを利用してるも同然な私は最低な人間。
さっきまで彼と握っていた手のひらが、今だ少しの熱を持っている。あんなに近くにいたのに。心が苦しい。
…やっぱり私には赤司君に惹かれる資格なんてない。これ以上、近づきすぎてはいけないんだ。
赤司君と征ちゃんは違うとやっと区切りがつけたのに、また心がぐちゃぐちゃになる。
考えれば考えるほど、マイナスな思考ばかりが湧き出て止まらない。
気が付いたら人混みは薄れていて…暗闇の中に私は独り取り残されていた。静寂に蝉の鳴き声だけがやけに響いている。
「……っ…」
自分の不甲斐なさに涙が出てくる。泣いた所で何の解決にもならないこと、よくわかっているつもりだけど。
いつになっても私は泣き虫だから…
成長したつもりで、4月から全然変わってない。
私は馬鹿なまま。
あれからなんとなく日々を過ごしていたら、いつの間にか夏休みは残り1週間になっていた。
あの日送られてきた赤司君のからのメールと、桃井さんからのメールに返信していない。
心配してるかな。でも、スマホをいじる気になれないの。
課題は随分前にやり終えてしまったし、普段やらないゲームを引っ張り出して見たけど途中で飽きてしまって、やる気だけがどんどん削がれていった。
これは暑さのせい?
全部、暑さのせいにしてしまいたい。
「…なまえー砂糖切れちゃったから買ってきてー!」
「はーい。」
外に出たくない。出たくないけど、嫌だといえばお母さんの顔が般若面のようになりそうだから、素直になっておこう。
家事でもすればいいのだけど、それはまた別で、ただ単にやりたくないだけ。
「あ、あとさーみりんもお願いねー!」
「わかったー。」
Tシャツにショートパンツ。部屋着のまま、荷物は財布だけ。耳にイヤホンを装着して、玄関の扉を開けた所で、
私は全ての思考と動作が止まった。
『…こんばんわ、みょうじ。」
「あか、し君…なんで?」
扉の先にあったのは、インターフォンを押そうとしていた彼の姿。
一瞬にしてあの日の気まずさがぶり返す。
謝らなければと思いつつも、私の口からはなにも出てこない。
『……話がある。少しでいいから時間貰えないか?』
空は橙色に染まり始めたばかり。
赤司君があまりにも真剣な表情をしていたから、今度は逃げるに逃げられなかった。
「わかった…。」
(ただ、君を失いたくない気持ちだけは、本当なんだ。)
俺の存在が彼女を苦しめてると知っても、それでも。
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