15、嘘つき
「…今日は近くで祭りがあるそうだ。行こうか、真太郎。敦。」
「はぁ…お前は何がしたいのだよ。」
「さあね。」
赤司家の所有する別荘にやってきて数日が経過している。
みょうじと連絡が取れなくなった。と、赤司がぼそりと呟いてた独り言を俺はしっかりと聞いていた。
俺と赤司は幼い頃から親交があり、彼の恋人だったみょうじのこともよく知っている。
「………お前の会いたい相手は…まさか…」
いい加減、離してやればいいものを。
どうして、そこまで彼女に執着するんだ、お前は。
彼女を突き離したのは、他の誰でもなく、お前だろ…赤司。
成り行きで…赤司君と二人で屋台を回ることになってしまった。
桃井さんは私たちのことを勘違いしてるままだし、この状況を上手くフォローしてくれる気がするから、きっと大丈夫。
赤司君をかっこいいと周りの子が騒いでるのが聞こえる。彼の横顔をちらりと盗みて、ああ、本当だな。って改めて思った。
騒がしい中、相変わらず私たちは無言で、でも、今はそれがいいの。言葉がなくても、形がなくても、赤司君といるだけでいい。
大好きなりんご飴の味も、いつもより美味しく感じる。
二人の距離は近い。こつんとお互いの手が当たって、そのまま彼に握り締められた。
『……人多いからこうしてよう。』
「うん。…ねぇ、もしかして、赤司君、緊張してるの?」
『す、すまない。俺、手汗掻いているから繋ぐのはなしに…、』
離れて行こうとする彼を引き止めたのは私。ぎゅうっと、赤司君の手を強く握りしめた。
「……私はこのままでいたい。」
「わかった。」と彼の返事を後に、そこでまた会話が止まる。
入学したばかりの頃の私には、今の現状は想像すらできなかったな。
だって、一番最初の彼の印象は無愛想な人だと思ってたし。人を寄せ付けない、いつも読書してる。
でも、本当は違って、人のことを大事に思えるからこそ厳しいことを言える人。ただ、優しいだけじゃない。誠実な人。
それから、実は照れ屋な人。
余裕そうな表情に見える今だって、耳が赤い。
この数ヶ月で、沢山、赤司君のことを知れた。欲を言ってしまえば、もっと知りたいと思ってる私がいるの。それは許されないことかもしれない。
以前の私は赤司君と征ちゃんを重ねてしまっていた。身代わりにしてしまいたいと思っていたのも事実。
けどね、今は赤司君と征ちゃんが同じだとは思ってないよ。この世に同じ人間なんていない。
征ちゃんの代わりも、赤司君の代わりも、この世界にできる人はいないと思ってるから。
それだけは胸張って言えるの。
「…みょうじと、赤司…?」
「あれ、赤ちんーなんでここにいんのー?さっき向こうに、」
聞き覚えのある声に耳を疑う。するりとリンゴ飴が手から滑り落ちるのも気にしてられない。
「…緑間君…」
長身の彼は知り合いではないけど、その隣の眼鏡の彼は間違いなく中学の同級生だった。私の名前を、過去を知ってる人を目の当たりにして、幸せな空間は一瞬で壊れていく。
「お前たち、いつ復縁したんだ…」
緑間君が何か私に問いかけてきて、でも、耳に入ってこない。突然の出来事に頭の中がフリーズを起こしたみたい。
『みょうじ、何処に行くんだ…?』
私は考えるよりも本能が動いた。赤司君の手を引っ張って、息を切らさずに無我夢中で走る。人ごみを上手くよけて、奥へ奥へと進む。
早くこの場から逃げないと、逃げないと。逃げないと。
『みょうじ、』
ねぇ、どうして、ここにいるの?どうして、緑間君が…。どうして、征ちゃんの幼馴染がここにいるの?どうして?もしかしたら、征ちゃんも…。
『…みょうじっ!!』
何度目になるか、赤司君に名前を呼ばれて我に帰った私は足を止めた。
結構な距離を走ったつもりでも、広範囲の祭り会場から抜け出せはしなくて、周りには楽しんでる人々がいる。この場に不釣り合いな、苦渋な表情してるのきっと私だけ。乱れる息を整えながら、再びゆっくりと歩き始めた。
『ねえ、何があったんだ?あの人たちは…』
「なんでもないっ。」
『なんでもないわけはないだろう。』
「気にしないで。」
『…みょうじ、俺に隠してることないか?』
「……ないよ…。」
上手く笑えてるかな、私。引き攣ってないかな。
きっと赤司君のことだから全部お見通しだと思う。彼に嘘なんて通用しない。
でも、いくら聞いても私が口を噤むものだから、諦めたのか、赤司君はそれ以上は何も聞いてこなかった。
「飲み物買ってくるからここで待っていて。」と、彼の掌が一度私の頭を撫でてきて、また心が苦しくなる。
ごめんね、赤司君。
私に背を向ける彼に、心の中で謝った。
赤司君を征ちゃんの身代わりにするつもりはない。本当だよ。
(…でもね、話してしまったら君まで失ってしまう気がした。)
…知ってるよ、君が嘘をついてること。知ってしまったよ、全部。
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