13、温もり


『明日の黄瀬の勉強会さ、みょうじの自宅で行えないか?』


何故かと問えば、赤司君も黄瀬君も桃井さんも誰も親の都合で場所の提供ができないとのこと。近くの図書館は改装中で、他にもいくつか考えたのだけど、隣のクラスの黒子君と青峰君も参加するので大人数になる。騒がしくなるのは目に見えてるから、なるべくなら公共の場は避けたいとの意見が出たのだ。



「…土曜日は普段から親もいないし、平気だよ。」




私は安易に答えてしまった。自分の部屋が今どんな状況なのか、考えていなかったの。



…元カレとの想い出の山。


当日は私の部屋は使わなければいい話なのだけど、もし、万が一を考えると、片付けた方がいいに決まっている。

そもそも、未だ残っていることが可笑しい。

机の上には何枚もの写真が飾ってあって、そこに映る二人はとても幸せそうに寄り添っている。

付き合っていた頃、私は毎日デジカメを持ち歩いていて、何故かといえば征ちゃんとの想い出を全部残しておきたかったから。これは確かに現実なのだと、証拠が欲しかったから。

思えば私は最初から怖かったのかもしれない。形に残しておかないと消えてしまいそうな気がして。自信なんてなかったから


少し懐かしんで、写真立てごとゴミ袋に放り込んだ。それからプリクラも。


「……バイバイ。」


今回のことで、征ちゃんが私のことをなんとも想ってないのはよくわかったから。


ただ、ペアリングだけは捨てられなくて、そっと引き出しにしまった。またの機会に捨てようと思ってる私はやっぱり覚悟が足りない。でも、失恋した頃に比べれば、前進できてるんじゃないかなって、自分のこと褒めることにした。










「おはよう!なまえちゃんっ!」


『おはようみょうじ。お邪魔するよ。』


「うん。なんのお構いも出来ませんが、どうぞ。」


『黄瀬の勉強会だ。構う必要などないよ。』


「赤司っち、本当に俺には容赦ないっスよね…」


そして翌日、時間通りに赤司君たちはやってきた。


「お願いします。」
「よろしくなっ!」


今まで関わりのなかった黒子君と青峰君とも軽く言葉を交わして、早々とリビングへと案内する。席に着くみんなに用意していた烏龍茶を渡して、各々苦手科目の教科書を取り出した。

私は早速解けない問題に出くわしたのだけと、桃井さんも黒子くんも得意ではなくて、赤司君は…今は手が離せなさそうだ。仕方ないから、自力で何とかしよう。黙々と数学の課題と睨めっこしている。



『……ねえ、黄瀬と青峰君は小学校で一体何を学んできたの?』

「「すいません!」っス!」


勉強会が始まり、数時間が経過したが二人には全く進歩がみられない。
スパルタ講座中の赤司君の表情は鬼そのもの。青峰君も中々にツワモノで、前回の中間テストの合計が200点以下だったとか…。



「…あの、テツくん!ここわからないから、教えて欲しいな…!」

「はい、いいですよ。」


その隣では桃井さんは幸せそうに課題に取り組んでる。なんだか微笑ましくて、思わず笑みが零れた。

がんばれ桃井さん。細やかなエールを送っておこう。



「…あーめちゃくちゃ頭使ったら腹減ったー。」

「本当っスね…」


赤司君や桃井さんが持ってきてくれたお菓子はなくなってしまったようで、空のお皿だけが残っている。


「それじゃ、なにか持ってくるね。」


『俺も手伝うよ。』


「ありがとう、赤司君。」



台所ではなく二階へと上がり、自分の部屋へと向かった。 最近は食欲湧かなくて放置していたけど、 普段は部屋に篭るのが好きだから食料は常備している。



『やはり、女子の部屋は綺麗だな。』

「いやいや、そんなことないよ。」


赤司君が私の部屋にいることに、こそばゆさを感じるのは久しぶりに男の子を自室に上げたからかもしれない。


机の脇にあるお菓子の詰まっている紙袋を持ち上げると、ひらりと一枚の紙が落ちた。



「…?」


拾い上げたそれは昨晩捨てたはずのもの…征ちゃんとの写真だった。確か…付き合い始めたばかりの頃に撮った記憶がある。私の頬にキスする征ちゃんと、顔が赤い私。

きっと、片づけている最中にここに紛れてしまったんだろう。



『…どうかしたのか?』


「なんでもないっ!」



慌てて手に持っていたものをぐしゃりと握りつぶし、傍にあったゴミ箱へと放り込んだ。どきどきと焦りで心拍数が上がる。でも大丈夫。赤司君が立っている位置からなら写真は見られてい無いはず。



『いつもの考え事?』

「…うん…まあ。」



思わず返事が小声になる。相変わらず、赤司君には隠し事ができないの。



『…みょうじ…』



急に腕を引かれて、紙袋を地面に落とした私は赤司君の胸板にぽすりと埋まって、何が起こったのかわからなくて、だけど、縋りたくなる温もりにこのまま身体を預けたくなった。


「赤司君…?」


『…辛いなら、早く忘れろ。』



私の頭を撫でるその手つきは、赤司君にとってこの行為は恋人にするそれではなくて、子供をあやす感じなのだと思う。




「大丈夫だよ、私。」



つい最近までは一日中彼の事しか考えていなかったのに、今日はね殆ど征ちゃんのこと考えて無いの。それよりも勉強会を楽しみにしていたから。

心の隙間は少しずつ塞がりかけている。まだ完全ではないけれども、赤司君、それから桃井さん達が塞いでくれたの。もう一人で立ち上がれるから、あとは前に進んでいくだけ。



だから、大丈夫。


だけど、赤司君は私を抱きしめる力を強めた。



『…平気じゃないのは……俺の方かもしれない。』


「え?」


『引き止めてすまない。そろそろ行こうか。』


「う、うん。」




赤司君との距離が0センチからどんどん離れていく。

でも、寂しさなんてないよ。これが調度いい。近すぎてはだめ。だって、「友達」なんだから。
私にとって赤司君は大事な、失いたくない友人だから。

体温が上がった気がしたのは、きっと気のせい。



リビングに戻ると、黄瀬君と青峰君に「遅いっ!」って言われて、桃井さんはにやにやしながら私たちを見ていた。




(…仮に私があなたを好きになってしまっても、それは、許され無いこと。わかってる。)






 

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