12、約束事



風邪を引いた。


雨に小一時間ほど打たれ続けていたのだから、それも当然のことで、今日は3日ぶりの登校だ。教室に入れば、私に気付いた桃井さんがすぐに声を掛けてくれた。


「おはよう!なまえちゃん!風邪治ったの?」

「うん。」

「そういえば、赤司君から聞いたよ!もう、傘ないなら言ってくれれば私の置き傘貸したのに!」

「ごめんね。ありがとう。桃井さんも、赤司君も。」

『ああ。』


隣りに座ってる彼にもお礼を伝えたけれど、いつも通り本に夢中になっている。いつもより素っ気なく感じたのはきっと気のせい。


席について、外を見てみれば、3日前とは打って変わって青い空が広がっている。





「なまえ、」

「征ちゃん…」

……あの日、正直、雨なんて気にして居られなかった。

受話器から聞こえてきた征ちゃんの声を聞き逃したくなくて。躊躇わずに電話に出たのも、私にまだ未練があるからで。

季節は春から夏に移り変わろうとしているのにあと一歩が踏みだせないでいる。



忘れられると思ったんだけどな、中々難しいね。

















「…赤司っち、なまえっち、桃っち…!」



私たちの元へ駆け寄って来た黄瀬君は涙目で、今にも泣き出しそうな表情をしている。
さっき先生に呼び出されていたけど、一体なにがあったのだろうか。


「…これ見てっス…!」と、私たちに向けられたプリントには“期末赤点5教科以上は夏休み補習”の文字がデカデカと書かれていた。


「きーちゃん、中間いくつだったの?」

「9教科、250点…っス…」


つまり彼のテストの平均は27点。すでに赤点って…。私も人のこと言えるほど勉強ができるわけではないけど、さすがにこれは酷い。



「……だから、俺に勉強教えて欲しいっス!!!特に赤司っち!!!」


『断る。遊んでばかりいるからこうなるんだ。』


「そう言わずにお願いっスー!!!」


他に頼る当てがないと額を床に付けて土下座をする黄瀬君に、私と桃井さん、そして渋々だけど赤司君も勉強会の参加表明をしてくれた。

期末テストまであと2週間。学年1位の赤司君が着いていれば、きっとなんとかなるよね。


「ありがとう、赤司君。」

『別に。』

「黄瀬君が無事に補習を回避したら、夏休みはみんなで何処か行きたいね。」

『ああ。』


『「………」』



朝、彼の態度に感じた違和感は気のせいではなかった。

今日一日、会話は短い返事のみで、目さえも合わせてくれない。

もしかしたら避けられているのかな。まるで入学式の頃に戻ったみたいに、彼からはどこか冷たいオーラが出ている。



「あの、」

『何?』



「私……赤司君の気に障ることを何かした?」


心当たりがあるかと聞かれたら、彼に出会ったときから数えて多数ある。

一番新しい記憶で考えると、あの雨の日しかない。何をやらかしたのだろうかと思い出そうにも、記憶が曖昧ではっきりした答えは見つからない。



『……すまない。みょうじは何もしてないよ。寧ろ俺が、』

「?」

『いや、なんでもない。だから、そんな顔するな。』

「うん。」



やっと、こっち向いてくれた。薄く笑う彼に、私も微笑み返す。


どうしてだろうね。赤司君が離れていくと考えると、寂しく感じる。

これは、友情?恋情?

きっとどちらにも当てはまらない。


久しぶりだから、余計思うのかな。赤司君の隣がいい。



(席と席の間の、この距離が今では心地よい。)




『……みょうじ。夏休みだけど、あいつらと一緒も悪くないが、二人で何処か行かないか?』

「うん、いいよ。」

『約束だ。』






 

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