11、待ち人



ぽつり、ぽつり、ゆっくりと落ちてくる大粒の雨が冷たい。




「なまえ、」


その声で私の名前を呼ぶ人は一人しかいない。今でもよく聞く声なのに、なんでか目頭が熱くなった。


「……征ちゃん…。」


声が震える。緊張で上手く声が出せないの。聞きたいことは山ほどあるのに。


どうして電話してきたの?
どうして会いたいだなんて言うの?
どうして私に別れを切り出したの?
今の恋人とは上手く言ってるの、それとも別れたの?




……貴方はまだ私のこと好きですか?










「なまえには僕しかいない。…今から会いにいくよ、大人しくそこで待っていろ。」

「征ちゃ、」


結局なにも聞けずに、ぷつりと電話は切れてしまった。


私に拒否権なんてないの。いつだって私は征ちゃんに合わせることしかできない。征ちゃんにとってのいい子になりたくて、それが私の築いて来た恋愛の形だったの。


雨音がだんだん強くなる。


ずぶ濡れになろうとも、待っていることしかできない。心の何処かでくるはずないとわかっているのに、ここから離れられない私はやっぱり馬鹿な女だ。




『……風邪引いてしまう…』


優しい言葉に、顔を上げれば、愛しい人がそこにいた。



ああ、征ちゃんが迎えに来てくれたんだね。
























視界が真っ黒に染まっている。重たい瞼を開ければ、見慣れない天井がそこにあった。

また私は夢をみていたのかな。征ちゃんの夢を。



『…ああ、起きたのか。』


「あれ、赤司君。」


どうしてここに赤司君がいるのだろうか。怠い身体を起こそうとしたら、赤司君の手の平が額に宛がられた。ひんやりと冷たい。



『まだ少し熱があるな。ほら、水持って来たから飲んで。』

「ありがとう。」


硝子コップに汲まれたそれを一口だけゴクリと飲み込んで、乾き切って居た喉が潤うのを感じる。

…どうやら、ここは赤司君の家らしい。正門前で私がぐったりしていたから連れ帰ったと簡潔に説明してくれた。

つまり、征ちゃんは迎えにきてはくれなかったってこと。予想通りだ。京都に居る彼がわざわざ私のために東京に来るはずもなかった。

落ち込むほどのことじゃない。わかってる。わかってるのに、やっぱり期待していた私も居たんだ。


『気分悪いのか?』

「ううん、大丈夫。」

『……その、すまない。』

「なんで謝るの?」


赤司君は私と目を合わそうとしてくれない。心なしか、彼の頬が赤いように見えた。あの赤司君が照れている…?


『服を…』


その単語を聞き、自分の着服を確認したみると上下共にダボダボで明らかに男物のだとわかる。

つまり、それは…


『濡れた制服のままにするわけにもいかず…不可抗力とは言え、勝手に着替えさせてすまなかった…!』



頭を深く下げる赤司君に恐れ多く感じてしまうのは、彼の持つ性質のせいなのかな。

恥ずかしくないと言えば嘘になってしまう。男の人に裸同然の姿を見られることに抵抗があるけど、でも、赤司君の袖を引っ張って、顔を上げた彼に私は自然と微笑んで見せた。


今、私の目の前に居るこの人は誠実という言葉がよく似合う。



「気にしなくていいよ…それよりも助けてくれてありがとう。」



これで何回目だろうね。赤司君に手を引いてもらうのは。救ってもらうのは。



(なのに、私の待ち人は正反対の人。私の事を突き放す、彼と同じ顔の人。)








『…あまり俺の事を信用してはいけないよ。』

「え?」

『なんでもない。…もうすぐ親が帰ってくるから、そしたら車出してもらおうか。それまでお休み。』




まさか言えるわけない。君が寝ている間に勝手にキスしただなんて。



 

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