明日はついに人生初めての彼氏様とのデートの日だ。流行りはよくわからない。クロゼットの中にはシンプルな服ばかりが並んでいて、かわいい柄物などもってないし、そもそも松野さんはどんな服装が好みなのだろうか。
あっという間に24時が過ぎようとしている。もんもんと悩んだところで、ただ寝不足に繋がるだけ。また目の下にクマをつくるわけにもいかないし…。
「やっぱり、これしかないか…」
私は覚悟を決めて、一生着ることなどないと思っていた、一番奥にしまわれてる一着を手にした。
「おはよーみょうじちゃーん!って、なに隠れてんの!?」
「だって、その、」
ちらりと玄関の扉の隙間から松野さんの姿を確認する。今日はいつもの赤いパーカーじゃなくて、ベージュのジャケットに、水色ボーダーのインナー、下はボルドーのパンツ。服装が違うだけで、こうも印象とは変わるものなんだ。
「………」
ぴしゃりと扉を閉め切ると、「なんで閉めるのっ!?」と慌てる松野さんの声が聞こえる。
……だって、松野さんがあまりにもお洒落過ぎて、私はますます外に出たくなくなったのだ。
「ねえ、行かないの?俺、めちゃくちゃ楽しみにしてたのにさぁ〜みょうじちゃんはそうでもなかったんだぁ〜」
そんなわけない、私だってずっとずっと楽しみにしてたし。慣れない化粧だって会社の先輩に教えてもらって、控えめにフリルのついたピンクのワンピース着ちゃって、浮かれてる自分がすごく恥ずかしいくらいだ。
勝手に解釈して凹む松野さん、正確には凹んだふりする松野さんの思惑通りに私はようやく外へと飛び出す。
「ん、やっときた。…すっげえ、かわいいじゃん!」
かわいいという言われ慣れないワードがとても照れ臭い。それは、鼻をこする松野さんも同じなのかな?
見るたびに彼の笑顔が眩しくて、心臓がきゅってなる。撫でられた頭と、自然に繋がれた手からじわじわと全身が熱くなるのを感じた。
とりあえず、美味しいと巷で噂のソフトクリーム屋さんの行列に並ぶことにして、待ち時間といえば喋っていたのはほとんど彼の方。松野さんは6つ子の長男で、一松さんは四男だってことも今、初めて知ったこと。通りで面倒見がいいわけだ。
次男は痛い人で、三男はライジングな人で、五男は天使みたいに純粋で、六男は女子力が高い。それぞれ個性が豊かなのだと兄弟の話ばかりが続いて、本当は聞きたいことは山ほどあるのにどうも緊張して、なにも言葉が出てこなかった。
私はできれば、松野さん自身のことをもっと知りたいのに。
「うまーい!さすが並んだ甲斐あるよね!」
自分のを半分食べ終えたところで、じろじろと私の持つソフトクリームを見つめる彼に、そっとソフトクリームを差し出してみれば、喜んで一口食べてくれた。「じゃあ、俺のもどーぞ!」って、今度は私が彼のを口に含む。チョコレート味は、今の私たちと同じように甘ったるいけど、幸せの味がする。
「んーでもさぁなんか物足りないなぁ。」
「松野さんって、食いしん坊ですよね」
「んーまーね。」
肩を抱かれ、引き寄せられたかと思えば、塞がれたのは唇。「ごちそうさま」って、意地悪そうに笑って、舌をなめずる彼に、私の心臓は破裂しそうになった。
不意打ちはずるい。
どこへ行こうとも決めてなかった私たちは、松野さんの庭だという街をぶらぶらと散歩することにした。映画も遊園地も水族館も、松野さんは興味がないのだという。正確にはお金がないのだと思うけど。でも、私はこうして2人でいるだけでも満たされるから、十分だ。
「ここのパチンコねぇ、俺のお気に入りなんだ。暇があればここにいるんだよねぇ〜ちなみにこの裏手に俺と一松の実家あんの。」
「え、」
「あとさぁ、もうちょいいったら、幼なじみのトト子ちゃんの魚屋で、その先には俺の行きつけのおでん屋もあるんだぁ〜今度一緒に行こっか。」
彼が指す先を、私はひとつずつ確認する。これが松野さんの日常の景色。
それから松野さんの顔を見上げれば、全部、見透かしてる目をしてた。私の心はどうやら彼にはお見通しのようだ。
「俺のことちゃーんと教えてあげるからさ、だから、君のことももっと教えてよ。」
先回りされて掴まれた心は、もうどうにもならないくらい、彼の虜になってる。
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