ちくたくちくたくと秒針は進む。深夜2時。燻る熱にうなされて眠れないでいる。枕をきつく抱きしめても、目をつぶっても、思い出されるのは、初めてしたキスの感触だった。
そっと、指先で自分の唇に触れると、まだ熱を持ってる気がする。一瞬触れるだけでも、カサついた彼の唇は柔らかいもので、少しも嫌悪感はなかったの。
「はいって言ってくれなきゃ俺、帰らないから。」
「え、あの、」
「はい、は?」
「はいっ!」
いい子いい子と、彼はいつものごとく私の頭を撫でる。つまるところ、私は松野さんとそういう関係になったのだ。あまり実感はないし、そもそも、そうなるには少し早すぎる気もするけど、嬉しいことに変わりはなかった。
人生初めての恋人という存在に、私は酔っていたかもしれない。でも、それでも、この感情に名前をつけるなら、やっぱり恋なのかな。これも知らなかったことの一つで、私の知りたかった世界。
心臓がうるさいくらいに鳴りつづけて、それに気づいてるのか気づいてないのか、松野さんは嬉しそうに私の身体を抱きしめてきた。
でも、少しだけ彼の手が震えていたような気がしたのは、泣きそうな声が聞こえた気がしたのは、きっと気のせいだ。
「みょうじちゃん、なにその顔〜!」
「だって、寝れなかったんですよ。」
くっきりと浮かび上がる目の下のクマをみて、松野さんは可笑しそうに笑った。いやいや、全然笑い事じゃないですから。
朝の忙しない時間帯だというのに、呑気に会話をしていられるのは、もちろん彼のために早めに支度を済ませたからに決まってる。
できれば、一番におはようを言いたくて、名残惜しそうに立ち尽くしていたら、お隣の扉は開いた。まるで、以心伝心。通じ合ってるのかなぁなんて錯覚してしまう。第一声は笑い声になってしまったけれども。
「こっち来て」と腕を引かれて、おでこにキスをされた。ふわりとタバコの匂いがして、ああ、確かにこの人は、正真正銘、私の彼氏なのだと実感する。
緊張で震える私を、今度は子羊みたいだと笑う彼の表情にときめいてしまうものだから私の心臓は騒がしい。
本当の本当は、まだ夢を見ているみたいなの。
「そろそろ時間じゃね?」
「ま、まだ、もうちょっとそばにいたいです。」
思わず、パーカーの裾を掴んでしまって、でも、「だーめ。早くいきなさい。」と優しく聡す声に、私は素直に応じるしかない。
「いってらっしゃい!」
まだよく知らない人のはずなのに、この人はどんどん心に入ってくる。例えるなら流星群が落ちてくるみたいに、するりと溶け込んでみたいに、彼は私の一部になろうとしてた。できれば、私もこの人にとって、同じでありたい。
手を振ってから向かおうとする私を引き止めたのも、また彼なのだ。
「みょうじちゃんの次の休みにさぁ、デートしよっか!」
私よりも年上の、幼い彼の笑顔が朝日と被って、キラキラと輝いて見える。
もちろん、私は大きな声で、はい!と返事をした。
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