君と出会ったことはね、最初は、きっと俺が自分自身を許すために神様が用意してくれた縁なんだと思ってたんだ。そんな簡単に許されるわけねぇのにさ。
君に気にかけることで、この罪から逃れられる気がしてた。
……俺は君のこと利用しようとした悪者なんだ。だから、俺のこと好きにならないで。なーんてさ、うそ、本当はその逆。
きっと、俺はまた恋をしてしまうだろうから、だからさ、君も俺のことすきになってよ。俺のこと好きって言ってよ。
「ひーまぁー」
「そんなに暇ならバイトでもすればいいじゃん。」
「それはやだ〜!」
「あっそ。」と、冷たい返事だけして、一松は猫を撫でるのに夢中になってる。アパートに住み着いてる猫のほとんどが一松の元へと集まってくるんだよね。そんで、口元緩ませて幸せそうな顔しちゃってさぁ。闇オーラゼロ松になってるし。
なのに、それに比べ、実の兄に対しての態度といったらひどくない?!お兄様だよ!?もっと敬うべきでしょ!?
パチンコも、競馬にいく資金も今はないから、時間をドブに捨てるだけの毎日。でも、そんな日々も悪くないとは思ってるけどさ、構ってくれる人がいないとそれはまた別の話だ。お隣さんのみょうじちゃんは新入社員研修の合宿だとかで帰ってきてないし。
…俺と同じ年代の男といえば、定職についてせっせっと汗水垂らして働いてるのが世間で言われる一般人なのだろうけども、どうも性に合わなかった。
言うならば、俺の天職はニートなんだと思う。クズの中のクズ。キングオブクズだろうけども、一生この生き方は変えられない。
「お前さあ、みょうじちゃんへのあの態度はアウトだとお兄ちゃんは思うよ〜もっとフレンドリーにいこうよ?!」
「……そういうおそ松兄さんは、どうなの。」
「いや、俺はフツーだから!超いい人なだけだよ!?」
「…どうだか、」
苦笑したあとに、バイト行ってくると、猫背はとぼとぼと歩きアパートを出て行く。これで、本当に一人だ。だけど、夕方には彼女が帰ってくるから、寂しくはない。
そもそも大事なものを無くしてる俺の心とやらはもはや麻痺しているに等しかった。さみしい、うん、ずっとさみしいまま。
もくもくと白煙は空へと消えていき、煙草をふかしながら思い出すのは、数日前に見送った新品のスーツ姿のみょうじちゃん。
あーせっかくだから駅まで迎えに行こうかなぁって、これってまるで彼氏みたいじゃん。そういうつもりはないんだけどさ、みょうじちゃんのことを見つけるとついつい過保護になってしまう。
それは、俺が過去から進めていないからだと自覚はしてるけども、このまま、立ち止まるのが俺の人生なんだろうなぁ。そして、それもきっと悪くはない。
でもさ、いつまで俺は暗い空の下を歩き続けてればいいんだろうか。
「みょうじちゃん、発見〜!」
駅にたどり着く前に、遠くにスーツ姿の彼女を見つけた俺は、駆け足になる。異変に気がついたのは、数メートルまで近づいてからで、壁伝いにゆっくりと一歩を進んでる彼女は、どうやら足を傷めてるようだった。
ブラックの高いヒール靴は踏み込むたびに不安定で、なのに、俺に気づいたみょうじちゃんは、なんでもないように笑う。無理するところまでそっくりなのかよ…そんで倒れるまでそれにすら気づかないバカで真面目な子。
ふつふつと溢れ出すのはイラつきだけだ。
「脱いで、」
「え、」
「いいから、靴脱げ!」
「は、はい!」
怒声に怖気ついた彼女の靴を無理やり脱がしたのは俺で、隠れていた足先は靴擦れどころか、真っ赤に腫れていた。
「どうしたらこうなっちゃうの、てか、慣れないもんなんで履いていくわけ?こんな歩けなくなるまで我慢して、馬鹿じゃないの。
もしも、こんな足で歩いてて事故に遭ったらどうすんの?死んじゃったらどうすんの?!」
溢れそうになった言葉は全部飲み込んだつもりだったのに、口に出してたようだ。ごめんなさいと…つぶやき、泣きそうなみょうじちゃんの表情でハッと我に変える。あーあ、こんなにも取り乱してる俺ってば、彼女からしたら意味わかんねぇよな。たかだか知人のくせに、しかも、この俺が言うべきセリフじゃないってこともちゃんとわかってるし。
すとんと腰を下ろし、背中を彼女へと向ける。のって、おぶってあげるから。控えめな彼女は大丈夫ですと遠慮したけども、ぎろりと睨みつければ、俺の機嫌が悪くなるのを見かねたのか、すぐに素直になった。
「私、松野さんに助けられてばっかりですね、」
「気にしないで、俺が勝手にやってるだけだから。」
「でも、嬉しいです。ありがとうございます。」
きっとまっすぐに目を合わせられなかっただろうから、彼女の顔が見えないこの体勢で良かったと心底ホッとした。
逃げ腰な自分が情けない。ほんとうに俺はずるい男で、感謝される筋合いもなくて、大事なものも簡単に手放してしまうようなダメな人間で。
でもさ、もう誰も失いたくないから、君のことはちゃんと俺に守らせてよ。
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