ずっとずっと君に隠してることがあった。
だけども、君と過ごす時間が長くなるほど、言い出すタイミングを失っていった。もしも、全てを知って、君もそばから居なくなっちゃったらどうしよう。悲しませたらどうしよう。
意気地なしの俺は、いつもいつもそうやって逃げ出す。
まあ、結局、なまえちゃんのことを泣かしてしまったのだけども。
理由はわかんないけど、なんでか俺のことを避けるなまえちゃんに、苛立ちと焦りを感じてしまった。いつまで経っても大人になりきれない俺に、君は愛想つかしたかな。俺のことを嫌いになっちゃったかな?
ただ、今は後悔しか残ってない。
「いーちーまーつー」
「なに」
「お兄ちゃん、寂しくて死んじゃいそう。」
暑苦しいってのに、弟に抱きつきたくて仕方ない。もちろん、闇オーラ全開で「やめろ」と引き剥がされたけども。
8月中旬に差し掛かる頃、世間はお盆休みに入っていた。隣の部屋に誰も居ないのは、彼女が実家に帰省してしまったから。
あの日からなまえちゃんとは一言も話してない。
彼女は今なにしてんのかな。ちゃんとご飯食べてるかな。泣いてないかな。病気してないかな。元気かな。
それとも、俺のことなんか忘れて、楽しそうに笑ってるのかな……それはちょっとやだけど。
俺はずっとずっと、暇もないくらいになまえちゃんのことしか考えてないよ。
「…あの子が帰ってきたら、今度こそちゃんと話しなよ、
本気なんでしょ」
なんだかんだ俺のこと心配してくれる弟は、今日も相変わらず猫を撫でている。俺のことはいやだってのに、もふもふの猫は触ってられるのな。
「…この前の命日にさ全部報告したんだから、ちゃんと幸せにならなきゃだめだよ。
そうじゃなきゃ、死んだあいつが浮かばれないし。」
「今日はやたら喋るね一松、」
「弱虫兄さんのこと慰めてるだけ。」
「あんがとな、」
「別に」
みょうじって苗字の、君にそっくりな女の子が大好きで大事にしてたこと。その子は随分前に亡くなってること。
最初は君を身代わりにしようとしたこと。だけど、君のこと本気で好きなこと。俺のそばから離れないでほしいこと。俺よりもめちゃくちゃ長生きしてほしいこと。俺より先に死なないでほしいこと。
上げれば上げるほど、身勝手な自分がおかしくなって来る。でも、俺って昔から我儘だからさぁ。これが俺だからさぁ。
だけども、気持ちが重すぎるかなぁ、やっぱり嫌われちゃうかな、俺。
「なぁ、一松アイス買いに行こ、」
「勝手に行ってくれば、」
慰めてくれるんじゃなかったの!?最終的に見捨てられた俺は一人でコンビニに向かうことにした。
じりじりと焼け付く日差しが痛い。
あ、なまえちゃんの故郷は避暑地だろうから、こっちに戻ってきたら東京の暑さにまた驚くんじゃないかなぁ。いつ戻ってくるのかなぁ。会いたいなぁ。
まずはごめんねって謝りたい。それから、たくさん話したいことがある。また泣かせるかもしれないけど。
そんで、できれば、抱きしめたいし、キスもしてやりたい。俺のこと照れたような笑顔で好きって言ってほしい。俺もちゃんと好きって伝えたい。
棒アイスをレジにもっていき、使い古してる黒い財布を出して、小銭を漁る。
……って、全然ないじゃん!
そういえばと、拾った100円を内ポケットにへそくりと称して入れてたことを思い出した。
あれ、これって…
「…ありがとうございました〜」
会計を済ませたアイスをかじりながら眺めるのは、財布に入っていた色あせた小さい長方形の写真。なまえちゃんじゃない女の子と映る俺のプリクラってやつ。
全部片付けたと思ってたんだけど、まだ残ってたんだあ。我ながら財布にしまい込んでたとか女々しいよな。
でも、あの時の俺は必死だったんだ。
忘れたくて、忘れたくなくて、いつのまにか下を向いて歩くようになってた。
でも、今は胸の痛みはなく、ただ懐かしい気持ちだけ。
眩しいくらいの晴れ模様を眺める。ちゃんと、上向けてんじゃん俺。
やっと過去にできた。それは、やっぱりなまえちゃんがいてくれたからで、これからもいてほしい。
「…あれ、でも、待って、」
ぴたりと歩みを止めて、ざわざわとする胸騒ぎの原因を探した。
ここにこれが入ってたってことは…この財布って、なまえちゃんの部屋に置き忘れてたよな…特に最近。
彼女の様子がおかしくなったのって、あれから?
なまえちゃん、もしかして、全部知ってる?だから、俺のこと避けるようになったの?
ぽたりと溶け出したアイスが落ちるのも気にしてられなくて、居ても立っても居られない俺は走り出す。
あの子は一人で抱え込んで、悩んでって…結局、最初から全部俺のせいじゃん。
なまえちゃんの帰りなんて待ってられるわけがない。
「一松、お金かして!新幹線代!」
「は?」
「今からなまえちゃんに会いに行ってくる!」
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