「あーごめん、その日は用事あるんだわ。」
6月の2周目の日曜日…それは私の誕生日。彼の誕生日は知らなかったせいもありスルーしてしまったの。だから、2人まとめてお祝いできたらなぁなんて張り切っていた矢先のこと。バツが悪そうにする彼に、気にしないでと私は笑ってみせた。
そして、やってきた当日の朝は騒がしかった。休日だけども、大勢の喋り声で目が覚めてしまったの。いつもは野良猫か、小鳥の鳴き声しか聞こえないのに、今日は一体なんでだろうかと、寝起きのぼんやりする頭で考えてみる。
「おそ松まだか。」「おそ松兄さん、まだ〜?」と、催促する言葉が聞こえてきて、扉の向こう側にいるのは彼の知り合いであることは確実だ。
「お前たち先に行っててよ〜俺は後で行く〜」
もしかしたら、噂の6つ子の兄弟たちなのかな。
それならば、手早く普段着に着替えて、いつも通りおそ松さんに「おはよう」って伝えよう。そう思うのに、なぜだか躊躇ってしまい、玄関で立ち尽くすだけの私。なんでか、そっちへ行ってはダメな気がした。
そんな私の心を読んだみたいに、コンコンとノックしてきたのは、他の誰でもなく1人しかいない。恐る恐る扉を開けば、満面の笑みでおそ松さんはそこに立っていた。今日は赤いパーカーじゃなくて、白のシャツにグレーのパンツ。珍しくもモノトーンにまとめている。いつもと違うことが、なにやら胸騒ぎを起こす。それから、相変わらずどきどきしてる。
「おはよう、なまえちゃん!」
「おはようございます…」
「…なんか元気なくね?」
そんなことないですよと、首を横に振った。私はいつもと変わらないです。むしろ、おそ松さんこそ何かあったんじゃないですか?
私は自分で思ってたよりも不器用な人間だったのだ。恋をして、初めてそのことを知った。今だってそう。首を突っ込みたいのに、厚かましい気がして、やっぱり遠慮してしまう。
「……今日さ、実は大事な人の命日なんだよね。だからさ、弟たちとちょっくら出かけてくる。」
私の不安を拭うみたいに、よしよしと私の頭を撫でてくれる。彼の優しさは底知れなくて、甘えてばかりの私が彼にあげられるものはあるのだろうか。本当に不安定で、覚束ないのは、私ではなく彼ではないだろうか。妙な心配すら湧いてしまう。
「…….あのさ、終わった?……チョロ松兄さんがうるさいから、はやくして。」
私たちの後ろまでやってきた一松さんは面倒くさそうにそう呟いた。「ごめんごめん、今行くって」と、駆け足で愛しい彼は私から離れて行く。
おそ松さんの背中は見えなくなったのに、一松さんだけはなぜか留まって、私に一言残してからゆるりと彼らの後を追った。
「…おそ松兄さん、ちゃんと話したの?」
「え?」
「いや、なんでもない。それじゃ。」
その言葉の意味を知るのは、それからまた暫くして。
彼がたまたま私の部屋に置いていった財布の中にしまわれてた一枚のプリクラ。随分と古く、ボロボロのそれに映ってたのは、見覚えのある、私がよく知る女の子の顔だった。
恋愛って、一本の細い糸みたいに、簡単にちぎれて、壊れていってしまうものだと知ったのも彼が初めてで、とめどなく溢れる涙を止める術も私はわからない。
彼が好きなのは、私じゃないの。それだけは、理解できた。
back