心の中で何度もなんども呼んでみるけども、やっぱり恥ずかしくて、言葉にはできなかったの。おそ松さん…大好きな彼の名前。唱えるだけで、なんでもこなせそうな程の魔力を持ってる名前。
今日こそは、彼のことをそうやって呼んでみたい。そうすれば、また少し、彼のそばに行ける気がする。
「ねえ、聞いてよ〜あいつがさぁ最近俺に対して冷たいんだけどさ〜」
上機嫌で帰宅する私の気分がすぐに急降下した理由は、目の前で松野さんと可愛い女の子が仲良く話していたからだ。きっとあの子はここの住人で、なのに、何故だかモヤモヤする。
こちらに気づいた松野さんは笑顔で「おかえり」と微笑んでくれたけれども、「ただいま」と返した私の顔は間違えなく引き攣っていたことだろう。
気まずさを感じて、そそくさと部屋に篭ろうとした私の腕を掴んだのは、他の誰でもなく松野さん。それじゃあ帰りますね〜とその子は二階に上がっていく。
思わず緩む口を、慎む。素直に嬉しかったのは、私のことを優先してくれたからで…でも、なんだか嫌な女になってしまった。けど、松野さんのこと独り占めしていたい。なんとも言えない気持ちを誤魔化すために、もう片方の手でぎゅうっと彼の袖を掴んだ。
「お兄ちゃん嬉しいなぁ〜」
「な、なんでですか?」
「んーだって、嫉妬してくれたんでしょ?」
嫉妬なのかな、これは。松野さんの全部が欲しくて、たまらないこの感情は、そういう名前なのかな。
なんだか私の知らなかった私が、松野さんのせいで目覚めてしまったみたい。
彼に抱きしめられるたびに、甘さで心がどろどろになる。
彼にあまり深入りするなって、一松さんの言いたいことはすごくわかる。でも、もう手遅れだ。彼の優しさの虜なの。
「お、おそ松さん、」
私だけの彼がほしい。勇気を振り絞って、出した答えに彼は薄く微笑んでそのまま唇を塞がれた。
いつもの触れるだけのものじゃなくて、ぬるりと入ってきた舌に、驚きのあまり肩が揺れた。リップ音が耳を掠め、わけがわからずに、私は息を止める。すぐに苦しくなって、それに気がついたのか、「鼻で息しなきゃだめでしょ」って彼は笑ってる。
余裕そうな彼と、真っ赤な顔した私。恥ずかしい。この羞恥心は、無知な自分に対してだけじゃない。
さらさらと私の髪を割いて、優しい目をするおそ松さんに、私はまたときめいてしまう。心臓がいくつあっても足りないの。
「俺も、いい加減けじめつけないとね。」
「え、」
「なまえちゃん、」
ただ、それだけ。名前を呼ばれただけなのに、彼の間に感じていた壁みたいなものがなくなった気がした。
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