「ねえねえなまえちゃーん」

「なにー?」

「……エッチしたい。」

「だーめ。」

「なんでなんでなんでぇええ」


両足と腕をじたばたする俺のことを放置で、なまえちゃんはソファーに座って連ドラ鑑賞に夢中だ。画面に映るのは、顔が整いすぎてる30代の俳優。なにそのイケメン、多国語話せるとかすごすぎ。でもさぁ、最近のドラマってぜーんぶ似たり寄ったりじゃん。メインふたりがすれ違って、でも結局くっつくんでしょ?出来レースでしょ?そんなの、くそつまんないじゃん!俺とイチャイチャしてる方がぜったいにぜったーいに楽しいじゃん!?
ねえねえ、構ってよおって言ったところで、画面のイケメンにときめいてる彼女の心には届かなかった。


「……なに、フラれたの?」

寝転ぶ俺のそばまでやってきた猫は、彼女に聞こえない声でぼそりと呟いて、むかつくセリフにぴきりと額が力んだ。このデブ猫、調子に乗りやがって…やっべぇ、ぶん殴りてええ。でも、こいつに手をあげたら、ますます彼女にシカトされる気がしてならない。なまえちゃんにとって、こいつももはや家族同然の存在なんだし。

もーー俺どうすればいいのお!?俺のフラストレーションはどこへ行けばいいのお!?




結局その日から一週間お触りすらさせてくれなかった。それでも寝るときは一緒だから、ほんと、俺のチンコ爆発しそうなんだけど。仕方なくトイレに籠って、自慰するしかない。相手がいるのに、自分でって結構萎えるんだよなぁと思いつつ、手を動かせば割と簡単に欲は吐き出せた。

あーうん、でも、やっぱり虚しすぎる。
すっきりするはずの行いなのに、ため息が止まらない。なんで、なまえちゃんあんな嫌がってんだろう。生理?いや、それは来週のはずだし、じゃあ、もしかして浮気…してるとか?

「その可能性はあるんじゃない?」

「うわぁ!?」

トイレを出た直後、デブ猫が待ち構えてたから、俺は飛び跳ねた勢いでドアに額をぶつけた。いってぇ!!めちゃくちゃ痛い!絶対にたんこぶ出来たよこれ!

つーかなにこいつ。恐怖なんだけど、猫は読心術でも使えんの!?そんなこと聞いたことないけど!?


「セックスレスの原因って大概浮気だよね。ついになまえちゃん、おそ松兄さんのこと見放したのかもね。」

いや、そんなはずない。いやいやまさか、なまえちゃんが俺のこと見捨てるはずがない。いやだってずっと一緒にいようねって約束したし!ついこないだまでラブラブだったし!

「でも、テレビでもやってるよ。」と一松の言う通り、目を向ければ、倦怠期、セックスレスの文字とともにナレーションが聞こえてきた。
愛想をつかした相手に気持ちが戻る確率はほぼ皆無だと、恋愛感情は持っても3年だということは科学で証明されているのだ。
なんとか学者は、べらべらとその知識を語っているが、言ってる意味はさっぱりわからなかった。



「………あのさ、一松。お兄ちゃんと一緒になまえちゃんのこと尾行しよっか、」

「え、嫌だよ。」

「おーねーがーい!一生のおねがいだから!」

一応さ、この目で確認する必要はあると思うんだ!いや、別にほんとになまえちゃんのこと疑ってるわけじゃないからね?信じてるけどさ、念のためにだよ!あれよ、ボディガードも兼ねてさ!それになまえちゃんが仕事頑張ってるところも見たいし!

思い立ったらすぐ行動が、カリレジェのポリシーだ。
嫌がるネコを抱きかかえて、俺は彼女の働く会社へと向かった。



いつも20時に帰ってくるから、多分早くて19時くらいにここから出てくると思うんだよなぁ。向かい側の建物に身を隠しながら、彼女がいるであろうビルを監視する。風呂敷を頭にかぶって、まるで一昔前の泥棒のような格好は完全に不審者だ。でも、変装といえばこれくらいしか思いつかなかったからしょうがないじゃん。


「あ、なまえちゃん出てきた、」

「え!?まだ18時だよ!?早くない!?」

まさかの事態に、俺と一松は慌てて彼女の後を追いかける。疑惑がひとつ確信へと変わりそうで、でも、俺は必死に焦りを隠すことしかできない。この後、知らない男が現れたらどうしようとか。考えるだけで吐きそうになる。

まったく、いつものポジティブな思考は一体どこに言っちまったんだ。
信じたい。信じてる。なのに、ばくばくと心拍数は上がる。だらだらと流れる冷汗に、いやな予感しかしない。直感力が優れてるって、時として恐ろしいものだ。

「嘘でしょ、」

ぴたりと全力疾走をしていた足は止まる。
数十メートル先にいる彼女が、筋肉質のいい男に迎えられて建物に入ってく姿を見た俺は、夢でも見てるのかと思った。夢であってほしいと願った。


「あ、でも、おそ松兄さん。ここって…」

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