私の心の中はいつだって、赤いパーカーの彼がど真ん中にいるの。



「いってきまーす!」

いってらっしゃいと一松くんと十四松くんに手を振って見送られる。高校を卒業して、すぐに就職という道を選んだのは、もちろん最北で頑張る彼を見習ってだ。おそ兄の帰りを待つことを選んだ私だけど、じっとはしてられないもん。私は私の日常をきちんと過ごそうと決めたから。


「あ、今日なまえの誕生日会やるからチョロ松兄さんとトッティー帰ってくるってさ。あとクソ松も。」

もう1人、名前があったら更に嬉しかったんだけどなぁ。そうとは言えずに、「ありがとう!」を伝えてから、私は駅へと向かった。


チョロ松お兄さんはおそ兄の後を追うように会社の寮に入るからと家を出て行き、ドド松くんは予定通り友達とルームシェアを、カラ松お兄さんは演劇関係で泊り込むことが多くなった。

一松くんと十四松くんは相変わらず実家にいる。ばらばらになってしまったようで、でも、誰1人として孤独ではない。

それは、おそ兄が望んでいたことだった。


「待って、なまえ。母さんも一緒に駅まで行ってもいい?」

「うん!」

電車のくる時間まで余裕があるから、ゆったりとした歩幅で私たちは歩いた。
松代さんは変わらずに私の大事なお母さん。女同士だからこそ話せることもあるし。でも、2人きりになるなんて滅多にないことで、やっぱり少しだけ緊張はしてしまう。

…そんな感情持つだけ無駄なのにね。

私はずっと松代さんに嫌われてると思っていたけど、それは違って、松代さんなりに私との関係を真剣に考えてくれてたの。
改めて言葉はなくても、家族だからわかることだ。

ちなみに、私とおそ兄の関係は松代さんにバレていたらしい。さすがは6つ子の母で、子供の隠し事なんてお見通しだったのだ。反対することなく、けろりとした表情で、「将来、孫がみれるならなんでもいいわよ。」と笑っていた。

複雑にしてしまってたのは私たちの方だった。悩まずに隠さずに、素直に打ち明けてればよかったのかもしれない。でも、「結果オーライ!」って、きっと大好きな彼だったら過去に縛られることはないのだろうなぁ。



「あなたももう20歳なのね…」

「うん、松代さんのおかげだよ。いつもありがとう!」

「ふふ、今日はたくさんご馳走作るわよ。」

松代さんの手料理は相変わらず美味しいから楽しみだなぁ。特にお手製唐揚げは、どこのよりも世界一美味しいの。唐揚げのたびに戦争が起こるのも無理はない。今は3人だけだからわりと平和だけどね。

ふと、青い空を眺める。ひとつある長い飛行機雲は、おそ兄のところまで連れて行ってくれそうだ。

離れたくないと駄々をこねてたあの頃よりは、大人になれたかな?はやく大人になりたい。そう願って、あれから2年。私の王子様はほんとうに迎えに来てくれるのでしょうか?


「……そういえば、おそ松は帰ってくるの?」


松代さんの言葉に私はわかりやすく落胆した。答えはノーだ。たぶん帰ってこない。連絡は一切なし、そもそも、今日は平日。きっと、彼も仕事だろうなぁと気がついた途端、夢はがたがたと崩れる。
結局、あれから一度もおそ兄は実家に帰ってこれていないのだ。社畜といわれる分類に当たるのだろう。
でも、大人ってそんなものだよねって思える私はちょこっとは強くなったよね?



「正直ね、母さんはおそ松の将来が一番心配だったの。」


唐突に呟かれたそれに賺さず「なんで?」と、理由を尋ねれば、松代さんも先ほどの私と同じように空へと目線を向けた。

おそ兄が誰かのために尽くすなんて考えられなかったのだと。ふらふらと好きなことをしてるように見えて、実は先の見えない毎日を送っていたのだと、なにかひとつ好きなものや人が現れてくれたらいいとずっと見守っていたのだと、松代さんは懐かしそうに目を細めてそう零した。


「……なのにあの子、向こうに行く前にね…母さんになまえのことよろしくお願いしますって頭下げたのよ。想像つかないでしょ?」


初耳の情報に、改めておそ兄の愛情を感じる。後から教えてもらったのだけど、彼が向こうへ行くことを決めたのも私のためだと聞いた。私は知らないところで、おそ兄に支えてもらっていたの。
もらってばかりだと思ってたけど、それでも「彼を変えたのはあなたよ。だからね、ありがとう。」と微笑む松代さんに、純粋に嬉しさだけが残った。











20時までに帰ってくればいいと言われたので、それまでにひとつだけ立ち寄りたい場所があった。駅から少しの距離。辿り着いたのは、ブランコがひとつあるだけの公園で、すでに日が暮れはじめているために子供達の姿もない。ここへ来たのは中学生のときが最後だから、約7年ぶりだ。

目を瞑って、過去と今を重ねてみる。……このくらいの時刻に、このブランコの右側に乗って、私は何を考えてたっけなぁ。たぶんこれからのこと、両親のこと…はっきりとは思い出せない。でも、私を探しに来た彼のことだけは全部覚えてる。



「…やっと、見つけた!」


そう、そうやって、私に声をかけたのがおそ兄。あの日、もしも、私を探しに来たのが他のお兄ちゃんだったら、私は違う誰かに恋をしていたのかなぁ。
赤色に恋い焦がれることはなかったのかな。私の初恋の相手は変わっていたのかなぁなんて想像してみても、なにも思いつかない。

……ううん、きっと変わらなかったよ。たとえ別の道を選んだとしても、また違うどこかで私はおそ兄に恋をしていたのだろう。





「めちゃくちゃ探したよ。はやく会いたかったのにさぁ。」


地面を見つめ、思い耽っていた私に近づいてくるその人が誰なのか、わからないわけがない。その声音を忘れた日はない。


その姿を確認するのか先が、目頭から涙が溢れるのが先か。

「なんで、ここに、」

あの日と同じようにブランコに座る私の目の前に、赤いパーカーを着ている彼。その赤色が愛おしくて仕方なくて、頭で考えるより身体が勝手に動いてしまって、飛びつくようにおそ兄に抱きついた。ブランコはその勢いで無人のまま、動き出す。

転ぶことなく、しっかり受け止めてくれたおそ兄は前より少し逞しくなった?

夢を見ているような現実。確かめるようにぎゅうぎゅうと彼の胸板に顔を埋める。


「なんでって、だって約束したじゃん!」

照れ隠しの鼻を擦るくせは変わってない。「なまえは前よりずっと綺麗になったね」って、触れたくて仕方なかった彼の手が、私の頭を優しく撫でる。何度も夢の中で会いにいった人が目の前にいる。
話したいことも、聞きたいこともたくさんたくさんあるけど、まずは彼のお願いを叶えてあげようかなぁ。


「…おかえり、おそ兄。」

「うん、ただいま。」

おそ兄と私の影は、ぴたりとくっついたまま離れない。「目瞑って」って声に素直に従えば、すぐに触れるだけのキスが落ちて来た。

あなたのいる瞬間は、いつになっても得難いもので、離れていた分、薄れるどころか彼のことを前よりもっと好きになってる。

家族でもあり、お兄ちゃんでもあり、恋人でもある。これ以上にない愛おしい人。
お父さん、お母さん、松造さん、松代さん、それからお兄ちゃんたち。大切な人がいてくれたから、出会えた人。
おそ兄と2人で、かけがえのない人たちをこれからも大事にしていきたい。


「そんじゃ、帰ろっかぁ。遅いとあいつらうるさいし?」

「うん!」



いつまでも私はあなたに初恋をし続けるのでしょう。この恋がようやく祝福されることでしょう。


END

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