「……なまえ、起きてる?ひっさしぶりにみんな集まるんだ。だから、お前も来いよ。」

「あのね、体調悪いからもう寝る。ごめんね、おそ兄。」

「…わかった。」


適当なことを言っておそ兄のことすら避けた私は、本当に弱い人間だ。

引きこもっていても、みんなと同じように時間は進む。高校三年生という人生の分岐点ともなる時期に、学校を1週間近く休んでいることすら、もうどうでもよかった。おそ兄がいなくなってしまう。頭の中はそれでいっぱいで、他のことは考えられない。

これが永遠の別れになるわけでないことも、彼だってちゃんとした理由があるから家を出ていくこともわかってる。

だからこそ、私だけが子供のままで、取り残されていく感覚だけが残ってしかたないの。


布団に寝転がったまま、目を瞑って、この数年を思い返してみた。







おそ兄に恋をしたと自覚したのは中学2年生の頃。恋愛に憧れていたくせに、これが恋心だと理解するのに半年くらいはかかってしまったっけなぁ。

おそ兄のこと意識してしまって、数年間は普通を装うのに苦労したの。おはようからおやすみまで、好きな人と一つ屋根の下って、この状況ってまさに王道漫画みたいってニヤニヤしたことも数知れず。

気がつけば、すっかり両親を亡くした痛みは消えて居たし、むしろ、亡き2人の写真に向かっておそ兄のことを相談したりもしたなぁ。

誰にも言えない恋ってのは最初からだった。

どこかよそよそしい私に対して、「なまえ熱でもあるの?」「なんか最近変だね。悩み事?お兄ちゃんになんでも話してよ。」って、おそ兄は優しい笑顔で問いかけてくれて、その度に彼への恋心は膨らんでいった。

………それが爆発したのは、高校ニ年生になってからで、夜中のお手洗いがたまたまおそ兄とかぶったあの日。ぼさぼさの寝癖とか、おやすみって笑いかけてくれる声のトーンとか、なにもかもが好きで、好きですぎて、気がついたら彼に想いを伝えていた。

なんて言ったかは正直覚えてない。だって、ほとんど無意識のようなものだったから。


そのあとにキスをされた時は、何が起こってるのか理解するのに時間がかかって、でも、初めて触れた相手がおそ兄で心底よかったって思ってる。

一方通行が、相思いに変化した瞬間、見えてる景色や感覚は180度変わった。帰路に咲いてる野花がやたら綺麗に見えたり、松代さんのつくるごはんがさらに美味しく感じたり。

ほんとうはね、今でも夢みてるみたいなんだ。


あれから秘密の恋が始まって、一年なんてあっという間だったね。




「なまえ、」


唇が暖かいのは夢が現か。ゆっくりと瞼を上げれば、想っていた彼がそこにいた。
やっぱり起きてたんだぁって、悪戯に笑うその顔がすき。

「おそ兄、」

「もー構ってくれないとお兄ちゃん寂しいんだけど。」

「…ご、ごめん。でもね、ずっとおそ兄のこと考えてた。」

「お前、ほんと俺のこと好きだね。」


うん、すき。って零せば、俺もすきって返ってくる。どうしてすきなんだろうなぁって考えたところでそんなのわかんない。確かに、サッカー部のあの子のがかっこいいかもしれない、勉強できるあの子のがすごいかもしれない。でもね、私にはおそ兄が一番なの。

彼はごろんって私の横に寝そべって、腕を伸ばし、ぽんぽんと頭を撫でてきた。
それもどれも幸せなことが簡単には叶わなくなってしまう。そう思うと、以前に増して、2人の時間が、些細なことが尊くてしかたないの。

行かないで。行かないでって、どうしても私の心は唱えてしまう。ぎゅうと赤いパーカーの裾を握りしめた。


「なあ、なまえ、約束しよっか。」

「約束?」


おそ兄の片腕は私の肩を抱き寄せて、自然と向き合う形になる。おそ兄の黒目は私を捕らえて離さない。私も、逃げない。


「お前が大人になったらさ、今度こそ攫ってやるから…」

なーんてのは冗談だけどって、さらに近づく彼の笑顔に、ぴたりとくっつくおでこ、触れる鼻先。ちゅって音を立てて一度触れるだけのキスが落とされた。

「なまえが大人になったら絶対に迎えにいくから。」


「だからさ、笑って?俺、なまえには笑ってて欲しいんだ。」と、困ったように笑う彼もすき。潤む瞳を堪えて、口角を上げてみる。ちゃんと可愛く笑えてるかなぁって呟けば、うん、可愛いよってまたキスをされた。

彼はどんな時でも笑顔で、それは私にたくさんの安心を与えてくれる。

この関係はフェアなのだ。そうだ…私も遠くに行ってしまう彼に、少しでも同じものを与えて上げたい。
私は私のことばかりで、私のためにおそ兄にそばにいて欲しくて、でもそれじゃだめなの。

大人になるってそういうこと。まだ幼稚な私にはわからない部分も多いけど、でも、離れていても、絶対に私のこの気持ちが薄れるってことはありえないの。どこにいたって、私たちの心が別れを選ぶことはないの。


「ねえ、俺が帰ってきたらさぁ、一番におかえりって言ってよ。
俺の帰るところはこれから先もずっとお前のそばだけだから。」


それじゃあ彼が旅立つ日にはいってらっしゃいって言ってあげよう。

浮気したら許さないよ、エロ本は許してあげるAVはどうしようかなぁ。パチンコも競馬もほどほどにね?できれば、電話は毎日したいけども、おそ兄の負担にはなりたくないから、一週間に一回にしよう?お土産はやっぱり蟹がいいなぁ。

笑って、未来の話をしながら、私たちは抱きしめあったまま、その日は眠りについた。

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