俺は君のこと、泣かしたいわけじゃないんだけどな。



「ねえ、トッティー。なまえは?」

「ずっと、部屋に篭ったままだよ。おそ松兄さんが呼びかけても出てこないし。……というか、こうなったの誰かさんのせいじゃん。」


トッティーの言葉に不服そうなチョロ松が腰を下ろし、いつものちゃぶ台に6人全員が揃ったのは久しぶりだ。都合よく松代の姿はないのは、確か、ばあちゃんの看病だとかで実家に戻ってるんだっけ?チョロ松の話だと、俺たちが駆け落ちまがいをしたことも知らないらしい。まあ、松代には、話す時が来るまでは、このまま黙っておけばいいか。
余計なこと知って、なまえに危害加えられたらたまったもんじゃねえし、なまえが安心して暮らせる環境残してやらないと、俺は気が気じゃなくなっちまう。




……だって、もう、俺はなまえのそばにはいてやれないのだから。

金を貸してもらう代わりに交わした、チョロ松との約束は、俺が父さんがお世話になった工場に勤めること。しかも、北海道。大雪と蟹が美味いことしか知識のない土地。俺は随分と遠くへぶっ飛ばされるわけよ。

自由なニートからしたら、就職は死ぬことに等しいと言える。でもさーなまえのためなら死ねるって、ほんとだったろ?本気で本気なんだよ、俺がなまえの事好きなのは。

出て行くことを伝えた時の、着いて行くと、行かないでと縋り付いてきたなまえの泣き顔が頭から離れない。

俺は、君には笑っていて欲しいんだけどな。




「…僕はおかしいと思う。なんで、おそ松兄さんが出ていかなきゃだめなの?確かにさ、定職なしのニートだし、ギャンブル好きの万年金欠クソ野郎だし、デリカシーないし、ほんと、いいところないけどさ、」

ちょっと、ちょっと待って!?なにそれ。グサグサっと心にくるんですけど!北海道行く前に死ぬんだけど?!

傷付く俺を御構い無しに、トド松は発言を続ける。


「それでも、僕らのかわいい妹が選んだ相手じゃん。尊重してやれないわけ?」

「……俺も、そう思う。」


一松のぼそりと呟いた言葉も聞き逃しはしない。ずっと5人の敵だと思っていた弟のはずなのに、味方がいるって実はすっげー心強いのな。


それから、なまえのことを好きな1人の男。そいつをフォローする次男。中立の五男。
なまえに手を出しかけた三男は本気でムカつくし、相変わらず敵だけども、それって、俺と同じくらいなまえのこと考えて、幸せを願って、想ってくれてるからだと気付いたのは、つい最近のことだ。

「なあ、チョロ松、」

「なに、」

「なまえのこと大事にしてくれてあんがとな。」

「なに言ってんの?」


唐突な俺のつぶやきに、チョロ松は気色悪いと言わんばかりの表情をしやがった。このシコ松野郎め…。

ゴホンっと、態とらしく咳払いをし、気を取り直す。


「だってさぁ、俺のなまえのこと大事にしてくれてんだよ?感謝しなきゃでしょ」

「その言い方、すごくイラつくんだけど、」

「いやいや、言っとくけどさ!なにがあってもなまえが俺のって事実は変わんねえから!」


俺のことを本気で愛してくれる子も、庇ってくれるやつも、敵意むき出しにするやつも、結局、俺にとって大事な存在ってことには変わりはなかった。


「……だからさぁ、お前らになまえとのこと認めてもらう努力はするよ。脱ニート!」


なまえと過ごした3日間で、何度も何度もかんがえたことがある。なまえをこのまま拐って、本気で駆け落ちすること。誰もいない土地で2人で暮らすこと。家族を捨てること。それもそれで幸せだろうなぁって思ったよ。

でも、どこかモヤモヤとして、すっきりとしなかった。

きっと、これが2人の恋を守るための、正しい方法なんじゃねえかなぁってのはまあ綺麗事かも知んないけど。まず、俺がまともに働けるかもわかんないし!


「は、おそ松兄さんが真人間になるって100年くらいかかるんじゃないの?むりでしょ」

「まじか〜じゃあ、みんな長生きしよーな!」


俺ってさぁ、やっぱり欲張りな人間だから大事なもんは全部全部欲しいんだよな。


なあ、父さん、これでいいんだよな?


今なら父さんが全部を捨てて駆け落ちをしなかった理由、なんとなくわかるよ。

それにさ、俺の大事なもん、なまえの大事なもん、きっと同じだって思ってっから。

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