「なまえ、大丈夫?」

「きっと、寝てれば治るよ…」


俺に気を使わせまいと彼女は笑ってる。さすがに体温計までは完備してなかったけど、ほっぺは赤く、瞳を潤ませ、気だるそうななまえは確実に熱があるのだろう。


ここに逃げ込んで、もう3日目。唯一の頼りであるトド松と一松もなにかあったのか、一度も戻ってはきてない。
カップ麺生活で、まともに飯も食ってないし、一文無しには病院はおろか、薬すら買いに行けない。そりゃ、治るもんも治るわけがない。

それに、ただの風邪でも放っておけば重病になる可能性があるって、馬鹿な俺だって知ってるし。

できれば代わってやりたい。そもそも、俺が無理をさせたからだって、罪悪感は半端なくあるし。

なまえは、俺の手を離さないと言わんばかりにきつく握って、安心するからこうしててと小さく呟いた。
俺よりも小さい手を、そっと撫でる。この手を、この子を守る方法は、残された道は一つだけか。

最初からわかっていたことだった。ニートと高校生が足掻いたところで、状況なんかなーんにも変わらないってこと。むしろ、悪化してんじゃん、これ。プライドの欠片もない俺でも、無力なのはさすがに耐え難い。



「おそ兄、」

「ん?」

「どこにも行かないで、」


消え入りそうな声を聞いた瞬間、見透かされてるような気分になった。こんな時でもなまえの中心は俺で、そんでもって俺の中心は君。

ごめんな、なまえ。俺にとっての一番はお前だから、もう答えは出てしまった。嘘つきなお兄ちゃんを今日だけは許してよ。


「…行くわけないだろ、だから、早く寝なさい。」

「うん…」



しばらくして、スースーと彼女の小さな寝息が聞こえてきた。起きてるのもやっとだったのだろうか、眠りについたなまえの髪を子供をあやすようにそっと撫でる。それから、触れるだけのキスをした。

名残惜しくて、もう一回重ねて、忘れないようにとなまえの顔をまじまじ見つめる。
出会った頃より少しだけ大人っぽく、そんで綺麗になったなまえ。
なまえの帰りが遅くて探しに行ったあの日、こいつのこと見つけたのが俺で、本当によかった。みーんな同じ顔なのに、俺のこと選んでくれて、本当によかった。




……って、あーもう、これじゃ、まるでお別れの挨拶みたいじゃん。感傷に浸るなんて、らしくない、俺らしくない。

別になまえのこと手放すつもりはない。その気持ちは本当に本当だから。

気を取り直して、立ち上がった俺の向かう場所はもう決まってる。静かに扉を閉めて、トド松から預かってた合鍵で施錠した。











「だだいま、」

3日ぶりに帰ってきた実家。堂々と玄関から入れば、心なしか、しんと静まり返ってる空間は妙に威圧感が立ち込めてる。

それもそうか、大事な大事な妹が誘拐されちゃったんだもんねー。この俺に。

奥から、足音だけがぱたぱたとこちらへと向かってきた。


「……貴様、どのツラ下げて戻ってきた…」

「よ、チョロ松、」


できれば、出迎えてくれるのが一松かトド松だったらラッキーと思ってたけど、そんなうまい話はあるわけない。
こいつのことだから仕事休んでまでこの3日間俺のこと探してたんだろうなぁ。


一発殴られる覚悟はできてたし、俺の顔面にすっげー重い拳が降ってきて、その勢いでぶつかった棚の置物がガシャンッと音を立てて床に落ちた。



「なになに?なにかあったのー?って、おそ松兄さん!?」

「…なんで、戻ってきた……」


2階から降りてきた一松とトド松は、信じられないと、目を見開いて俺のことを見つめる。せっかく協力してもらったのに、ごめんな二人とも。お前らのおかげで、なまえと二人っきりで過ごせたから、すっげー感謝してる。ほんとさ、パチンコ打ってるよりも、競馬行ってる時よりも、この世で一番幸せな時間だったから。


俺はチョロ松の前で、正座をし、額を床につけて、土下座をした。これが俺なりの精一杯の誠意というやつ。

「金かしてください…」

「は、自分が何言ってんのかわかってんの?!というか、なまえは!?なまえは無事なの!?」


「高熱で寝込んでる…」

「え、」

今までだって、弟たちから金を借りることはしょっちゅうあった。だって、現役ニートだし、俺ってダメな兄貴だし。ノリで土下座だってしたことあるし、似たような状況なのに、今までとは違う。本気で縋る俺の姿は、惨めで、醜くて、みっともないだろう。でも、そんなの知ったこっちゃない。


「だから、金かしてくれ、おねがいします。」


なまえのためだったら、いくらだって、カッコ悪くなってやる。


「…いいよ。貸してあげる。
ただし、条件がある。…おそ松兄さんはどうなってもいいよね?」


大袈裟だけどさ、俺、なまえのためなら死ねるくらいの覚悟はあるよ。

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