「明日、トド松たちが戻って来るまで、おとなしくしてよっか。
とりあえず、一緒に風呂でも入る?」


冗談交じりの俺の問いかけになにも言わないなまえの肩を抱き寄せた。それじゃ足りなくて、ぎゅうっとその小さな抱きしめる。今は数秒も離れていたくない。

チョロ松のようになまえを守る方法もあるのかもしれない。でも、好きになっちまったんだもん。
俺が真っ当な兄貴とやらをやれていたら、なまえを悩ませずに済んだのかな。ってちょっと考えちゃうのは俺らしくない。


「…ごめんな、なまえに嫌な思いさせて、」

優しく彼女の髪を撫でながら、そう言ったところでなまえは平気だと大丈夫だと答えるのだろう。案の定、彼女の口からは似たような言葉がつぶやかれた。


あー俺って本当にクズだと思う。

だって、しゅんとしたなまえの顔見てると、むらむらするというか、どうにかしてしまいたくなる。なにこれ、俺って超変態なの!?

けれど、ぐっと欲を抑えて、なまえから離れた俺は、じっと彼女の綺麗な黒目を見つめた。汚れを知らない澄んだなまえに、先ほどまでの下心が申し訳なく思う。



「俺さ、松造の最後の言いつけだけは絶対に守ろうと思ってんだよねー。」

「言いつけ?」


唐突な発言に目を丸くする彼女に、これだけは絶対に教えておきたいってことがあった。
まあ、本当はなまえがもう少し大人になってからがよかったんだけどさ、今言うべきだと思ったから。





なまえがこの家にきて何年目の時だ?

松造はもう永くはないと宣告されていた。だから、暇人の俺はちょくちょく父さんの入院先に顔を出してはくだらないことを話したもんだ。

いま思えば、父さんはなんとなく予想ついてたんだろうなぁ、俺たちがこうなるってこと。



「…おそ松、お前が本気で大事にしたいと思う人が出来たなら、その人の手を離してはだめだからな。」

「なにそれ、父さんの実体験?」

「大人をからかうのはいかんぞ、おそ松、」


父さんは自身が死ぬまでずっと、先に天国に逝ったあの人に恋をしていた。事故であの人が亡くなったと聞いた父さんが、一人、部屋で泣いていたのは俺だけが知ってること。

娘が欲しかったのだと、息子にはっきり言ってしまうくらい自分に素直な人のくせして、それでも、その気持ちを隠して、母さんと俺たちを愛してくれていたのだ。精一杯働いて、俺たちを養ってくれた。

すごいよなー俺には絶対に真似できないわ。
まあクズを生み出してしまった点、子育てに関してはご覧の通りだけどさ。

俺たちからしたら、添い遂げる相手を選べない時代なんて想像できない。でも、松造たちの運命とやらがあったから、俺となまえは、今、こうして一緒にいる。

もしも、松造が若い頃、松代との結婚でなく、あの人との駆け落ちを選んでいたら、俺たちは生まれてすらいないんだ。

奇跡だとかあんま信じない方だけど、こればっかりはそう言わざるをえない。



「あの人って、もしかして、」

「お前の母さんだよ。なまえ、」

「そう、だったんだ…」


なまえの母さんのことは写真でみたことがあるだけ。でも、なまえは絶対に母さん似だ。んでもって、俺はどちらかといえば松造似。女の趣味も一緒って、さすが親子だなぁなんて呑気なこと思ったっけ。



「だからさぁ、なにがあっても絶対に、離してやんないから。」


座っていたソファーにそのまま押し倒して、彼女を見下ろす。急な俺の行動になまえはびっくりしたあと、いつものように照れ臭そうに笑った。あーもうさーかわいい。ほんと、かわいい。
触れるだけのキスをして、それだけで止まるはずもない。ぬるりと舌を忍ばせて、貪るように彼女に口づけをした。


「ねえ、抱いていい?」



できれば四六時中こうしててもいいと思える。なまえと離れたくない。


けど、これがもしかしたら、最後かもしれない。そんな、心の予感に、気づかないふりをした。


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