松代さんに好かれていないことは、なんとなく気がついてた。でも、それでもあの人は優しい人で、松造さんと同じくらい、私のことを大切にしてくれてた、と思う。

松造さんの作った松野家は、破茶滅茶なところもあるけども、穏やかで、突然孤独に突き落とされた私は救われたの。感謝しても仕切れないくらいに。



なのに、ばれてしまった。私がおそ兄を好きになったせいで、みんながバラバラになろうとしている。


なまえは遠い遠いところに捨てられて、おそ松兄さんにも一生会えなくなるよ?

そう言って、私を見下ろすチョロ松お兄さんの、泣きそうな顔が、頭の中から離れてくれない。





「このままさー駆け落ちしよっか?」

その問いに、素直にうんとは頷けなかった。
だって、今、目の前のおそ兄は、あの時のチョロ松お兄さんみたいな顔してる。私は彼に笑顔でいてほしいだけなのに。これじゃ全然正反対だ。
でも、離したくなくて、おそ兄のこと独り占めしたい気持ちも中心にあって、私はなんてわがままな人間なんだろうって、そんな自分が嫌になる。

おそ兄のこと好きにならなければよかったのかな?
兄と妹の関係だけだったら、みんな一緒に平和に暮らせていたのかな。だれも傷つけずに済んだのかな?

頭の中で、答えの見つからない問いかけがぐるぐると混じてる。



「…みつけたっ!おそ松兄さん!なまえ!」


びくっと私たちは同時に肩を揺らし、後ろを振り返ることなく、おそ兄に腕を引かれて、再び走り出す。追われてると知ると、逃げたくなるのが本能というやつなのだ。
みんなと和解はしたい気持ちはある。けど、足は止まらない。だって、あの家に戻った後、おそ兄と離れ離れになってしまうのは嫌だもん。


「ちょ、ちょっと!待ってよっ!僕、別に二人のこと捕まえようとか思ってないからっ!ストップ!ストーップ!!」


その声の主は末弟トド松くんだった。

















「ねえ、トド松。お前、俺たちのこと嵌めようとしてない?なにこの都合いい展開?」

「僕ってそんなに信用ないの?」

「「うん、ない。」」と即答したおそ兄ともう一人に、トド松くんは落胆していて、ここにきてドライモンスターの汚名が響いたと嘆いていた。そんな彼の横には一松くんの存在もあって、だからこそトド松くんの後を着いて行くことにしたの。

たどり着いたのは、私たち全員が住めそうなほど広々とした一室。リビングには私が腰掛けてる大型のソファーがあり、他に3つも部屋がある。


「僕さ、来月からここで友達とルームシェアしようと思ってたんだけどさー」

「はっ!?ちょっと待って!?そんなことお兄ちゃん一言も聞いてないんですけど?」

「え、だって言ってないし?」

「お前のそういうとこが信用ならないんだよ!」


悪気がなさそうにトド松くんが喋ると、すかさず口を出すおそ兄を見かねた一松くんが「俺が説明する。」と、その重い口を開くのは珍しいこと。


ここ数時間で、外は大変なことが起きてしまった。それは私が未成年だからで、私はおそ兄に誘拐されたことになっていて、地域の警察はおそ兄のことを探し回ってるそうだ。兄弟間の誘拐は、処罰を受けるのかはわからない。

けど、ついに他人を巻き込むほどの大事になってしまった。

そこまでしてしまうほど、私たちのことを認めてはくれないという事実が胸に突き刺さる。


「…チョロ松兄さんまじめんどくさい。ついでにクソ松も敵みたいだし。……あんなやつら気にすることないから。」

項垂れる私を気遣っての言葉なのか、だるそうにしつつも、心配してくれる一松くんの優しさに、私はいつも甘えてばかりで、でも、二人が味方でいてくれることが、今はただただ有難い。

気を緩めたら、かき消せない不安に負けそうになるけど、ぐっと涙を堪える。だって、これ以上の心配はかけさせたくないもん。


「だからさ、おそ松兄たちはここに隠れててよ。母さんもろとも僕らが説得してみるから。」


ちなみにここの家賃は僕の親友の一軍金持ちあつし君持ちだから平気だよと語尾にハートをつけてたトド松くんはさすがとしか言えなかった。



……でも、これでいいのかな。


「今はさ、とりあえず、一松とトド松に任せよう。」

ぽんぽんと私の頭を撫でて、薄く微笑むおそ兄の手は、なにか魔法でもかかっているのだろうか。安心感が溢れて、きっと大丈夫って、不思議とそう思える。

「それにさ〜当分ずっと一緒にいれるんだし、覚悟しとけよ?」だなんて、意地悪そうに笑うおそ兄に、私は場違いであろうとも、ドキドキしてしまった。


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