「ねえ、なまえ、好きだよ。」

「うん、私も」

このまま、ずっとくっついていたい。仮に誰かに反対されても、祝福されない恋だったのだとしても、私はこの人から離れるなんてできないの。私の心の一部は随分前からおそ兄の手中にあるのだから。




「でもさ……もう家族に戻ろ。なまえ、さよなら、」

なのに、なんでそんなこと言うの?
寂しそうにおそ兄は笑ってる。私は離れたくないよ、おそ兄。
手を伸ばしても届かなくて、どんどんおそ兄の後ろ姿は遠退いていく。



おねがいだから、待ってよ、おそ兄!








暗転し、現実に戻る。ぱっと目を開けば見慣れた天井がそこにあった。一人でこの部屋で眠るのも慣れたはずなのに、見たくもなかった悪夢のあとは怖気付いてしまう。それから、ひどく寂しい。

隣では同じ布団で6人の兄が寝ていて、できればお兄ちゃんたちの間で眠りたいけど、松代さんに怒られそうだからそれはやめておこう。


静かに襖を開けて、なるべく足音を出さぬようにと、爪先からそろりそろりと一歩ずつ進む。向かう場所は階段を降りて右手にあるところ。

でも、キッチンにはすでに先約がいた。

後ろ姿しか見えない。もしかして、もしかして、どきどきと胸は勝手に高鳴った。暗いせいで何松お兄ちゃんだかわからないのに、勝手に期待というものが溢れ出す。


「なまえ…?」

「あ、なんだ一松くんか。」

「……あのさ、明らさまにがっかりするのやめてくれない?さすがに傷付く。」

「ご、ごめん…」


彼ではなかった。ここ1週間、触れてないどころか、二人でまともに会話すらしていない。かろうじて、繋がってると感じられるのは、アイコンタクトだけで、それも微笑み返してくれるわけでもなく、じっと私の目を見つめてくる。ただそれだけ。

夢の中の私は、おそ兄は心の一部だとそう言っていた。確かにその通りなのだ。私は彼という存在なしでは生きてはいけない身体になってしまったの。

そもそも離れるのは今日までの約束だったのに、いつまで我慢していればいいのだろうか。

不安で不安で、さっき見た夢がもしも正夢になってしまったならどうしようとそればかりが頭に浮かんで消えない。


「最近元気ないよね。夕飯だって残してたし。なに、喧嘩でもしたの?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけど、」

「ふーん、まあどうでもいいけど。」


のろのろと二階へと向かう一松くんの後ろ姿に「おやすみ」と挨拶して、私は用意した冷たい水を一口含んだ。コップ一杯のそれで、心は落ち着けるはずもなく、この闇に勝るくらいの暗澹とした表情をしてしまう。

おそ兄は私たちのために離れようと言ってくれた。2人でこの恋を守ろうと決めたの。頭ではわかっているはずなのに、寂しさに押しつぶされそうな自分が情けない。


じわりと目頭にたまる涙を手の甲で拭き取っても、溢れ出して止まらなくなる。

泣いたところでどうにもならないのに、弱いなぁ私。どうしてこんなに弱いんだろう。




「っ!?」


私が自分の部屋の襖に手をかける前に、そこからいきなり腕が伸びてきた。叫びそうになったのを止めたのは、私を引っ張ったその人の手のひらが、私の口元を塞いだからだ。


「全くさーなんで泣いてんの?」

「おそ兄……」

「って、俺のせいだよな。」


親指の腹で涙を掬ったあと、ごめんごめんって、何も悪くないのに、おそ兄は私の頭を撫でてくれた。早く泣き止みなさいって、困ったように笑う彼に宥められて、恋人である前におそ兄は確かに私の兄なのだなと実感する。彼に誰よりも近い存在なのは、きっと私。それから私に一番近しい人はおそ兄。

抱きつけば、抱きしめ返してくれて、遠くに感じていたけど、確かにそばにいるんだ。これは夢じゃないの。


「…辛いならさ、俺のこと好きなのやめる?」

「やだ、やめないっ!」

「うん、知ってる。つーか、やめさせないし。」


彼はいつものように悪戯に笑ってから、私の唇に自分のを重ねた。彼の背中に腕を回して、ぴったりくっついて、1週間分を取り戻すみたいに舌を絡めて、息苦しさも忘れてしまうくらいに何度もキスをした。ずっとずっと触れたくて仕方なかった。

暫くして、離れていく熱に物足りなさを感じてしまう。


「あのね、」

「ん、なに?」

「…好きって言ってほしい」


どきどき落ち着かない胸を押さえて、ぼそりと呟いた声はもちろん彼に届けられる。きょとんとした後に、薄く微笑むおそ兄のその表情が好き。耳元で「愛してる。」って囁く彼の吐息が少しくすぐったいけど、心のタンクが満たされていくみたいだった。

私たちはちゃんと繋がっている。絶対、離れたりしない。



「…寝付けないならさ、今日は兄ちゃんが添い寝してやるよ。

まあ理性保てる自信ないけど。」


「!」


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