人を好きになるのに、きっかけはあっても、理由なんてない。きっとそうなんだと思う。私がおそ兄に恋をしたのも、最初から決まっていたことで、だから、私は松野家に引き取られることになった。


「……なまえちゃん、おじさんたちと家族にならないか?騒がしい6つ子も一緒だけど、寂しい思いはさせないよ。」


その人とお母さんは幼馴染だったそうで、私もそれまでに一度だけ会ったことがあった。引き取り手のいなかった私に声をかけてくれたのは、松造さん。人の縁って、どこからやってくるのかわからない。二人はもうこの世界にはいないけど、でも、その二人の縁が私たちを繋げた。

運命の赤い糸ってあると思う?

私はあると思うんだ!









「…あのさ、なまえ。こうやって迎えに行くのも、お前と二人っきりになるのも、当分控えることにしたから。」

「え、」


繋がれた手の温度は温かいまま。なのに、唐突に告げられた、その言葉に耳を疑いたくなる。

おそ兄が迎えに来てくれるから、バイトの日が楽しみになっていた。それだけじゃない、おそ兄と一緒に居られるから、苦手な勉強だってしてるし、得意ではない料理もそこそこできるようになったし、ここ1年間、私はおそ兄中心の生活になっていた。

距離を取るというのは、恋人にとっては致命傷。大体が別れるパターンに陥ると、恋愛豊富な友達の話を思いだして、私の目頭には涙が溜まる。


「…言っとくけどさ、別れるつもりはないよ?」

「じゃあ、なんで、」

「ちょっとな、勘付かれてるかもしれねぇから、」


私たちの恋には、約束事がたくさんある。第一に、家族にはバレないようにすること。
本当の本当は、別にバレちゃえばいいのにって心の中で思っている私がいる。でも、もしも、理解されなかったら、おそ兄が傷ついてしまうかもしれない。おそ兄がどれだけ6つ子を大事に想ってるかしってるからこそ、私はただ黙って、彼の言う通りにするだけ。

もう私たちの住処は目の前。だから、手を離さなければいけないのに、この手を離したら当分触れることができないのかと思うと、なかなか離すことができない。


「おいで、」


家宅の間の細い隙間、連れ込まれた電柱の下は丁度明かりの当たらない四角。強く抱きしめられれば、その赤いパーカーから煙草の匂いがした。

「おそ兄、好き。」

「うん、俺も好き。」


背伸びをして、キスをしたのは私からで、答えるように彼も私を求めてくれる。永遠にこの時間が続けばいいなぁっていつもいつも思う。

でも、制限があるからこそ、私はこの瞬間ひとつひとつが愛おしくて、大切で、全てを宝箱に詰め込んでしまいたくなるの。いつか溢れ出してしまうんじゃないかな。そしたら、おそ兄と一緒にまた新しい箱探しに行けばいいのかな。


「…とりあえず、1週間離れよう。家族に戻ろ。」

「うん。」


本当は返事したくない。理由だってちゃんと聞きたい。でも、私にはその二文字を言うことしかができないのが、やっぱりもどかしい。

でもでも、私のことを想ってくれて、真相を黙っているってわかってる。



「…俺さ、本気でお前のこと愛してるから、だから、お前が傷つかない道、つくってやりたいんだ、」

どうやら私たちは、お互いに同じことを考えていたようで、それだけで口許が緩みそうになるゲンキンな私。

暗くてはっきりは見えないけど、鼻をこすりながら、珍しく照れているように見えた。私だって誰よりも愛してるし。愛なんてまだよくわからないけど、不確かだけど、きっとおそ兄に対してのこの気持ちはもうとっくに恋情とやらは超えているのだ。

おそ兄のこと、心底、信じているから、きっと乗り越えられる。










「ねえ、おそ松兄さん、」

「なんだよ、チョロ松、」

「なまえってさ、カレシでもいるの?何か知らない?」

「俺が知るわけないじゃん。」


一番厄介なのに、勘付かれてる。なまえを含めて、家族がばらばらになることだけは、なんとしても避けたい。
俺にとって、全部が必要だっていうのは、やっぱり欲張りなのかな。


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