僕たち、6つ子には全員で作った決め事がある。

血の繋がらない妹に対して、一生涯真っ当な兄貴であること。

「これは、僕たちの約束だよ。母さんの気持ち、考えてあげよう。…破ったやつは、絶縁だから。松野家から追放させる。いいよね?」


2年前。僕たちは18歳。その誓約の言い出しっぺは僕、三男のチョロ松。
父さん、松造がいない今、僕たちの大黒柱は母さん、松代になるわけで。母さんがどんな思いでこの数年を過ごしていたか、僕たちは全てを知っていた。見えない蟠りがいつだってすぐそばにあることを。

だから、母さんを、それから大事な妹を守るために、僕たちは自分自身を縛る必要があった。


「つーか、もう一緒に暮らして何年目だよ。あるわけないだろ。」

「いや、お前が1番危ないんだよ!おそ松兄さん!この女ったらしが!今はなくとも昔、なまえのパンツ盗もうとしてたの僕知ってるんだからねっ!」

「いやいや、あれは出来心というか、でも未遂だったし!そもそも俺、年下には興味ないし!つーか、あいつのこと、もはや妹にしか見えないし!」

その日は妹が友達の家に泊まる日で、尚且つ、僕たち6つ子が揃っているという絶好の日だった。なまえ抜きで作られた約束は、正直、母さんのためというより、かわいい妹のためだけのものだった。

僕はなまえがこの家に来てくれて感謝している。このむさ苦しい男所帯に、花が舞い降りてきたんだ。その花を大事に大事に育てたいと願うのは当たり前じゃないだろうか。


「チョロ松お兄さん、勉強、教えて欲しいんだけど…今忙しい?」

「忙しくないよ。なに、宿題?」


女の子に耐性のない僕にとって、なまえとの会話はほんの少し緊張する。でも、屈託のない笑顔を向けられたら、僕もできる限り尽くしてあげたいと思ってしまう。

大切に大切にしてきた、妹のなまえ。


「ねえ、なまえ、それどうしたの?蚊にでもさされたの?」

「へ、あ、えっと、あ、うん!そう!たぶん刺されたんだと思う!ムヒもってくる!うん!」

「………。」

顔を真っ赤にする彼女の反応はまるで漫画のようだった。まさか、いやまさか、蚊に刺されじゃないのに、首に赤い痕っていや、まさかそんなはず。いやいやいや、ないないない。でも、なにあの動揺の仕方!?

………僕の一輪の花に害虫がついてしまったかもしれない。ただの疑心止まりだけども、たぶんそのうち真実を知ることになろう。

どこのどいつだか知らないけど、僕の大事な大事ななまえに男の影。まだなまえは高校生だぞ。もしかして、もう処女でもないの?!僕といえば未だ恋人できたことないってのに。最近の学生は不純すぎないだろうか!??



「…なにあれ、キスマークなの?ねえ、どうなの?つーか、なまえに彼氏?…なまえに彼氏…なまえに彼氏…」

「もーさー朝からうざったいんだけどチョロ松兄さん?ていうかさーなまえも年頃の女の子なんだからさぁ、恋の一つや二つあっても普通だから!」

「でもさ、もし、変な男だったらどうするんだよ!……ほら、おそ松兄さんみたいな!」

「まあ、確かにねー」

「んだと、チョロ松っ!トド松っ!」


僕は何一つ間違ったこと言ったつもりはないし、もちろんおそ松兄さんを擁護する声は上がらない。だって、ギャンブラーのニート以上にクズな男ってそうそういないと思うよ?珍しく一松だってくすくす笑っているし。


「……ちょっと、なまえのことストーキングでもしようかな、」

「いや、それはやめときなよ。いくらなんでも引くでしょ。なまえに嫌われるよ?」


僕の次に常識人なトッティにそう言われると、確かに行き過ぎた行動かもしれない。少し、自重しよう。なまえに嫌われる以上に酷なことは存在しない。


「……お前さぁ、なまえに対して執着しすぎじゃない?なに、もしかして、あいつのこと好きなの?」

鼻をほじりながら投げられた言葉にどきりと胸が騒ついたのはきっと気のせい。
そんなわけあるか、僕は兄として妹が心配なだけだ。


でも、溢れた台詞は本当に本音なのだろうか。迷いはすぐに表情に出てしまう。それも、無意識に。それはきっと僕の悪い癖だ。


「…お前、顔に出すぎ。なにそれ。つーか、そもそもお前じゃん、約束作ろうだとか言い出したの。
俺、ムシャクシャするからパチンコ行ってくるわー」

「ちょっと、おそ松兄さん!別に僕はなまえのこと妹としか思ってないから!」


なにが癇に障ったのか、気分屋の長男のことは時たまわからなくなる。つーか、またパチンコかよ、クズが。まあ、放っておけばそのうち元に戻るだろう。

そうだ、迷いなんてない。
僕はただ、ただ、妹としてなまえのこと、愛おしく思ってるだけだから。


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