私にいろんなことを教えてくれたのも彼だった。


彼に連れて行かれ、扉を開ければ知らない世界が私を待っていた。
駅前のバーの中は、色気のある大人たちで賑わっており、私はバーテンダーさんに勧められたカクテルに口をつける。飾りでさくらんぼの乗ったそれは、甘くて美味しい。

ちらりと横目をやれば、彼はすでに3杯目だ。


「…俺さ、たまーにここくるんだよね!」

「おそ松くんはお酒好き?」

「うん!大好き!あ、でも、なまえちゃんの次にね!」


一番はなまえちゃんだよーってほろ酔いの彼は、とろんとした目で私をじっと見つめた。その後にぽふぽふ私の頭を撫でる。こうやって彼に触れられるのがすごくすごく心地良い。いつまでもこうされていたい。


「……ねえ、今日、家に帰さないから覚悟してね。」



あの日、耳元でそう囁かれた私は顔を真っ赤にすることしかできなかった。











「…この出会いに乾杯しようか。」

「う、うん。」

彼はサングラスを外し、目を細め、私を見つめた。かつん、とグラスのぶつかる音が鳴る。カウンター席に、私とカラ松くんは並んで座っている。彼の履いてるズボンがきらきらのスパンコールなのがとても気になるけど、きっと彼なりのオシャレなのだろう。

それよりも、トド松くんの言葉を思い出す。もしも、おそ松くんになり済ませる可能性があるとしたら、きっとカラ松くんだと。私は見抜かなければいけない。彼の動作一つ一つを見逃さないよう、目を凝らす。


「……なまえちゃんはどんな男がタイプなんだ?」

「好きになった人がタイプですかね。」

「そうか…」

すっと差し出されたのは、一本の薔薇…?どういう意図かよくわからないままそれを受け取る。


「俺にもチャンスはあるわけだな。」

「え?」

「なまえちゃんのことを欺くやつには負けられないってことさ。こんな可愛い女性、ほっとけないな。」


あ、これはもしかして口説かれているのか?思わずカラ松くんから目を逸らして、ちびちびとカクテルを口に含み始めた。恋愛経験は豊富ではないし、こういうシチュエーションに慣れていないから、気恥ずかしさだけが残る。


そういえば…と思い出すのはもちろん1人だけ。彼に出会った時も、ナンパから始まり、口説かれたっけな。
買い物でも行こうかなとフラフラしていた私に、赤色のパーカーが近寄ってきて、最初はもちろん警戒していた。


「あ、あのさ、なんていうか、えっと、その、暇なら飲みに行かない?いや、その可愛いなっておもって、あれだよ一目惚れってやつ?
その、嫌じゃなければ、どうですか?」
「俺は松野おそ松。君の名前なんて言うの?」
「本当に可愛いよね、なんかもうそばにいるだけで、俺、超幸せだもん。もっと、そばにいてほしいな、なーんて。あははは」

「もしよかったら、俺とその、えーと、付き合ってくれませんか?」


カラ松くんと違って、ストレートにはいかなかったけども、頬を赤らめて彼は彼なりに言葉を紡いでくれた。その真っ直ぐなところとか純粋さに惹かれて、私は彼の笑顔にいつの間にか惚れてしまっていたの。
それから何回かデートして、自然と付き合うことになって、そして、今…彼はどこに行ってしまったのだろうか。
あの日々は、目をつぶればいつでも瞼の裏側に映し出される。何回でも何十回でも、私は思い出せるのに。


「彼に、会いたいな…」

「大丈夫だ、運命の赤い糸とやらで繋がってれば、必ず、また会える。」


私のこの小指と、彼の間にはちゃんと見えない糸が繋がっているのだろうか。切れてはいないだろうか。なにもない小指を撫でていると、もしもなかったら、俺となまえちゃんの間に作ろうか?と、、赤いミシン糸持って来ればよかったな。と、カラ松くんは笑っていた。


「人の心は、言葉で偽ることができる。言葉に惑わされないことが一番大切だと俺は思う。」


カラ松くんは見た目はナルシストな雰囲気が漂っていたけども、話してみると芯のある人だとわかる。彼もまっすぐな人だけど、私の知っている「彼」とはまた違った強さのような気がした。


「今日くらいはそいつのこと忘れて楽しく飲もう。」

「うん、ありがとう。」


カラ松くんは私の彼氏では、ない……?