私の記憶は確かに、彼と過ごした時間で埋め尽くされているの。


「熱気がすごいねー男ばっかりだし、」

「……おそ松くんってアイドル好きだったっけ?」

「いや、全然好きじゃないけど」

そういって、記念にと買った団扇をぱたぱた扇いでいる。それじゃあなんでわざわざ、チケットとったのかと聞けばシコ松が好きだから興味あったんだよねーと言っていた。シコ松…?


「確かにみんな可愛いけどさ、」

「?」

覗き込むように私の顔を見つめて、ぽふぽふと頭を撫でてくれる彼に、私はだらしなくにやけてしまいそうだった。いや、もう、手遅れ。絶対に幸せすぎてにやけちゃってる。


「なまえちゃんのが可愛いよ。世界一、可愛い。」


さらっとそんな台詞を言えてしまう彼に、私は何度、顔を真っ赤に染めたことだろう。
有名なアイドルだし、曲もほとんど知ってるもので、楽しかった記憶しかない。だけど、なにより、あの日、彼が横にいてくれたことが幸せだったのだ。









---------「それじゃあさー6つ子全員と一回ずつデートしてみるとかどう?俺、女の子とデートできるなら大歓迎だし!それで、君の彼氏を探してよ。」


おそ松くんの提案に、私は素直に乗ることにした。それしか方法はないの。彼に出会って数ヶ月。月に二回でも、まだ両手で数えられる程度しか会ってない。私にわかるのは、6つ子の誰かが、私の彼氏ってこと。
どうして嘘ついたのか、私のことどう思ってるのか、もしかしたら知らない方が幸せなのかもしれない。でも、知りたい。


あの日、彼ときたライブだけど、今、私の隣にはチョロ松君がいる。


「かわいいよおおおお!!!最高だよおおおおお!!」

大声で叫んだり、ライトを両手に装備し振り回しているチョロ松くんは、落ち着いてると思った第一印象と大分かけ離れていた。
着ているTシャツはアイドルの顔が写されており、団扇やタオル、ポスターなど同じものを購入している。そんなに買ってなにに使うのだろうか…両手にいっぱいの荷物をかかえる彼のことは理解できない。
でも本気で楽しそうに騒ぐチョロ松くんの姿は、見ていて少し羨ましかった。



「いや〜今日も楽しかった!」

「うん、楽しかったね。」


目的を忘れてしまうほどに楽しかった。けど、彼と一緒にいった場所だから、何度もあの日のことを思い出してしまって、今日のライブは所々聴いてなかった部分も多い。


「……あのさ、僕は君の彼氏じゃないからね。」

「え?」

「いや、ちゃんと言っておかないとと思って。
うちの兄弟がごめんね。君を混乱させるようなことして、誰かわからないけど。犯人わかったらフルボッコにしてやりたいよ。」

「きっと、なにか事情があるんだと、思うんです…」


おそ松くんに成り済まさなきゃいけない事情ってなんだろうって不安になる。
けど、そう信じたい。いろんなところにデートしたことも、大好きって言い合ったことも、たくさん抱きしめ合ったことも、あの日々は偽物じゃないって、私は信じたい。

「元気出して」って、ぽふぽふとチョロ松くんが頭を撫でてくれて、私は確信した。



感触というか、手つきというか、彼とは違ったの。
それだけじゃなくて、豪快に笑う彼とは逆に、チョロ松くんは口角を上げて控えめに笑う。
こういう細かい仕草って、成りすましたところで隠せるものじゃないよね。


……チョロ松くんは嘘つきじゃない。私の恋人じゃない。