「さぁ、どうぞ!上がって、上がって〜!」

「お邪魔します。」


そっと靴を脱いで、それを揃えて、玄関を後にする。

もしも、ご両親に会ったらどんな風に挨拶しようとかごちゃごちゃ考えてる私はチョロ松くんの「親は仕事だから」って言葉で、杞憂に終わった。
また改めて、ご挨拶にこよう。今、私は恋人の家に来ているのだから、緊張しないわけがない。どきどきと煩い心臓を抑えて、すぐ横にある階段を上がり、私はただチョロ松くんのあとをただただ着いていく。

いくつかあるうちの一つの部屋に入る前に、「おかえりー!」と声が聞こえてきた。これはおそ松くんの声?
どうやら先に戻った2人と会話をしてるようで、そのあとに私のことをみつけた愛しい彼はキョトンとした顔をしていた。
あ、この顔はもしかしたら、待ち合わせを忘れていたのかもしれない。でも、そうだったとしても、きっと私は許してしまうんだろうな。



「おそ松兄さん、だめでしょ、彼女との約束忘れちゃ!」

「約束?つーか、誰?」

「え、いやいやっおそ松兄さん、なに冗談いってるの!?」


忘れていたわけではなかったし、冗談を言ってるようにも思えなかった。まるで、私の記憶だけ抜け落ちてしまったかのように、彼は不思議そうにしている。

でも、確かにこの数ヶ月、私は松野おそ松くんと過ごしてきた。彼は自分のことを6つ子の長男だと教えてくれたし、確かに愛とやらは存在していた。わけがわからない。


「俺、彼女いたけど、とっくの昔に別れてるし、」

「は?じゃあ、なまえさんのことは?」

「知らない…。」


おそ松くんの態度に、他のみんなからの視線は疑いの目へと変わる。私が嘘ついてるって、でも、嘘じゃない。一緒にとった写真とか?いや、タイミングが悪いことに、この前スマホを壊してデータが消えてしまった。今の私になにも証拠はない。私の記憶だけが、唯一おそ松くんとの繋がりを示す手がかりだった。でも、理解されるわけがないし、ますます疑われそうで何も言えない。
私は、思っていたよりもおそ松くんのこと、知らなかったのかもしれない。そう思うと泣きたくなってきた。


「………ねえ、君、俺たち6つ子のこと区別できる?」

「え?」


4つの同じ顔を眺めたあと、正直に自信がないことを伝える。おそ松くんが好きと言っておきながら、わからないって、なんて情けないんだろう。俯向くことしかできない私の横で、おそ松くんは腕を組み、なにやら「うーん。」と少し考え込む。

これ、俺の予想だからねと、彼の口から飛び出す憶測は確かにリアリティがあって、その理由は彼らが6つ子だからだった。


「最近、俺の服がよく無くなってるんだよね。………もしかして、誰かが俺のふりをして君に会っていた可能性もあるんじゃない?」

「彼が嘘ついていたってこと?」

「ん、そういうこと。」


その言葉で、頭の中が真っ暗でごちゃごちゃし始める。ただ一つ理解できたのは、私の知っているおそ松くんは、おそ松くんではなかったってこと。今目の前にいる、私のこと知らない彼が、本当のおそ松くん。私たちの間に愛情なんて存在しない。

彼がよく着ていた緑色の松が描かれた赤いパーカーが愛しくてしかたないのに、それは私の一方通行に変わる。


なんで、そんな嘘をつく必要があったの?もしかして最初から私のことをからかいたかっただけ?私のこと好きだって言ってくれたことも嘘だったのかな?

ぽろぽろと勝手に流れてきた涙は、頬を伝い、2粒ほど床に落ちた。

泣かないでよと慌てるおそ松くんに、チョロ松くん、カラ松くん。優しいところはみんな共通してるんだね。



「…それじゃあさ、犯人探ししようよ。なまえちゃんの、彼氏が誰なのか。」


おれはこのひ、きみにはじめて嘘をついた。