「もーなまえちゃんなんか、知らない!俺もうバイト行くからっ!じゃあね!」

「ちょっと、おそ松くん!」



そういって、彼女と一緒に暮らす家を飛び出したのは昨日の夕方の話。今日、夜勤でよかったかもしれない。

初めて彼女と喧嘩をした。というか、俺が一方的にブチ切れた。でも、そもそもの原因を作ったのはなまえちゃんだし!俺じゃないし!
だから、思ってもない言葉ばかり出てしまって、でも、言ってしまった手前引けなくなっちゃったんだよ。

バイトが終わって俺が帰った場所は、俺と同じ顔が5人住んでる実家だった。




「っていうか、それ、おそ松兄さんが悪いでしょ。めんどくさい男だねー。」

「うるさい、トド松!」

「あんな可愛い彼女と同棲できるだけでも贅沢なのに、なに、そんなバカみたいなことしてんの、あーそっか奇跡のバカだったっけ。」


そんなんじゃ結婚どころか破局が待ってるんじゃない?って、末っ子の辛辣な言葉がずけずけと俺の心に突き刺さる。束縛とか一番うざいよねと、横からチョロ松まで参戦してきやがって、俺は「うるさい、うるさい、うるさーい!」と大声をあげた。


そうだよ、原因は俺の嫉妬。


だって、だって、昨日、なまえちゃんてば帰ってくるって言ったくせに朝帰りしたんだよ!??
連絡なしだよ!?俺、なまえちゃんと連絡するためにくそ高いスマホ買ったのにさ、これじゃ意味ないじゃん!
確かになまえちゃんは大学卒業してから、俺と違って立派な社会人だし、上司や同期の飲み会とかあるのはわかってるの!そこに男がいるのもしょうがないと思ってる!

終電が終わっても連絡なし、そわそわしながら家でまってたけど、居ても立っても居られなくなって近くを探し回ったし。いつの間にか夜は明けていて、見つからないからと家に戻ると、ちょうど、べろべろに酔っ払って帰ってきてて、まあ、同期だという女の子に付き添われて帰ってきたんだけどさ、その横に男の姿も見えてしまって、その瞬間俺の中のなにかがぷつりと切れた。
彼女を引き取ったあと、俺、その男のこと思いっきり睨んじゃったし。だって、そいつがなまえちゃんのことおぶってたんだよ!?意味わかんなくない!?
俺のなまえちゃんに触るんじゃねーよ!って声張り上げたかったわ!
本当は、トド松の言う通り、ありがとうございますって爽やかな彼氏演じるべきだったのかもしれないけど、もう後の祭りだ。


彼女はぐったりしてて、結局目を覚ましたのは夕方だった。
昨日の記憶はあまりないらしい、それにまた俺はイライラしてしまう。今度はもしかしたら、取り返しつかないことになるかもしれない。なまえちゃんはわかっていなさすぎ、男って下半身はクズなやつばっかりなんだよ。お持ち帰りされたらどうすんの?!だって、俺だったら、こんな可愛い子が酔っ払ってたら、お持ち帰りしちゃうから!というか、俺、初めてなまえちゃんに出会った時お持ち帰りしたいとか思ってたし!そうです、俺もクズですからっ!


「あのさーもう外で酒飲まないって約束してくんない?」

「それは、」


無理だってわかってるのに、口は止まらない。挙げ句の果てには、あの男となんかやましいことでもあったの?なんて、突拍子ないことまで喋り出してしまう。そんなことないって君は疑われたことにショックを受けていた。

そんな顔させたいわけじゃないのに、俺って子供だかしょうがない。収拾がつかなくなってしまって、あっという間に俺のバイトの時間は近づいて、そんで、そのまま俺は逃げるように家を飛び出したわけ。



「ぜったいに、ぜったーいに!おそ松兄さんから、謝るべき!」
「僕もそう思う。」

「でもさー」

「なに、うまくいってないの?」


チョロ松の次は、紫色のパーカーまで出てきやがった。「ふーん。」ってにやにやすら一松に、収まってた気持ちがふつふつと溢れ出す。俺、お前にだけは聞かれたくなかったよ一松。お前こそ、俺にとっては最大の敵だから!
ていうか、なんで、こんなに敵が多いの!?

バイトが終わって、もう3時間。普段ならもう家について寝てる時間だ。今日はなまえちゃんは休みだし、俺が帰ってこないことを心配してるだろうか。
もしかして、俺がいないことをいいことにあの男と一緒だったりしないかなって、ほんとなにこの被害妄想止まんないんだけど。


だんだんだんって階段を勢いよく上がる音が聞こえてきて、ばたんっと扉の開く音で、俺はそちらを振り向く。うるさいなー誰だよ、帰ってきたの。その姿を目に映した瞬間、俺は思わず固まる。







「……おそ松くんっ!」



そこに現れた彼女は汗だくで、今にも泣きそうな顔をしてた。横にいるトド松がにやにやして、スマホを振っている。お前か、密告したの。
トド松を筆頭に、邪魔者は退散しますかーと一斉に1階に降りて行きやがった。このくそ、覚えてろよ、トド松。


2人きりになって、俺は気まずくて思わず目をそらすけど、なまえちゃんはゆっくり近づいてきて、ぽすりと俺の胸に抱きついてきた。なまえちゃんは女の子で、本当は俺が守ってあげなきゃいけないのに、なんでこんなことになっちゃったんだろ。

俺の存在を確かめるみたい、ぎゅうぎゅうと強く抱きつく。「いなくなってない、よかった。」って、か細い声でつぶやく彼女を見ていたら、さっきまでの苛立ちはどっかに消えてしまった。


「……心配かけて、ごめんね。」


君はそうやって、すぐに俺に謝る。彼女は俺なんかよりもずっとずっと大人だった。年上の彼氏なのに、長男なのに、俺はいつも子供で、いつも君を悲しませてばかりだ。
たぶん、本当は今でもまだ思ってる。なまえちゃんの相手が俺でいいのかなーってさ、バカだよね俺。
だってさ、なまえちゃんが一番好きなのは、俺だもんね。そんでもって、なまえちゃんのこと一番好きなのも俺だもん。それは誰にも譲らない。
ちゃんとわかってたつもりなんだけどな。なんで、あんなに嫉妬しちゃったんだろうな。



「ねえ、顔上げて?」

優しく問いかければ、うるうるした瞳で俺を見上げるなまえちゃんが愛おしくて仕方ない。
ごめんねって小さく呟いてから、彼女の唇にたくさんキスをした。


これで仲直りね。




「…あのさ、トド松くんから聞いたんだけど、おそ松くん、嫉妬してくれたの?」

「まあね。」

「私、ちょっと、嬉しい。」って、君は口元を緩ませて、もう、可愛いすぎなんですけど、なんなの、この子。

絶対、一生離してやんないから。