赤塚病院までバスで30分。
ケーキ屋さんに、レンタルショップ、信号待ちするおばあちゃんに、出前中のピザ屋のバイク。
一番後ろの席に座って、見慣れぬ景色を眺めながら、思い出すのはおそ松くんの姿。
「ねえねえ、なまえちゃんはさ、俺のどこが好き?」
「そうやって、いつも能天気に笑ってるところかな?」
「なにそれ!?俺、そんなにいつもにやにやしてる?」
「してるよ!」
くすくすと思わず笑ってしまった私に、不服そうに君はしていたけども、私の心を鷲掴みにしたその笑顔はおそ松くんの一番の魅力だと私はそう思うの。
私はもともと占いとか運命とか信じる方じゃなかった。でも、おそ松くんに出会うことが前提に私は生まれてきたんじゃないかって、二人が出会うのは決められていたんだって、私はそう言われたら自然と受け入れてしまう。
だって、出会ってから今まで、私とおそ松くんが過ごした時間は生きてきた中の何十分の1にすぎないほど短いもので、なのに、人生で一番光り輝いてるんだもん。
これから先、何があったとしても、おそ松くんを愛しく思う気持ちだけは、消えることないの。
世界で一番愛してるよって、恥ずかしくて言えなかったベタな台詞も、おそ松くんが起きたら、何回でも言ってあげるよ。
外はオレンジから紫色に変わり始めている。
ぎりぎり受付時間に間に合って、案内された625号室に入る直前で、一人まだ話したことのない彼の弟と対面した。
パーカーの色は黄色で、名前は、確か十四松くんだ。
「君はー!一松兄さんのカノジョー?!」
「違うよ。」
「そっかー!おそ松兄さんなら、まだ起きてないよ?!」
やけにテンションの高い彼の声は、病棟内に響き渡り、ちらちらと看護師さんの視線が突き刺さる。少し声量落とした方がいいんじゃないかな?そう言おうとしたら、
後ろから「なまえちゃんっ!」って聞き覚えのある声が聞こえてきて、トド松くんがこちらへとやってきた。
「十四松兄さん、静かにしなきゃだめだよ!」
「はーい!」
返事した声も元気いっぱいで、十四松くんは本当にわかっているのだろうか?でも、彼はなんだか憎めない存在だ。
「…お見舞いに来てくれたんだね。ありがとう。」
「ううん、お礼はいらないよ。だって、私は彼に会いたいから来たんだよ。」
「そっか、」
何も言わずともトド松くんは理解してくれたようで、「やっと、見つけたんだね。」って眉尻を下げて笑っていた。
うん、やっと見つけたんだよ、私。
とりあえず、中入ろうってトド松くんが開けた扉の向こうは真っ白な部屋が広がっていて、すぐに会いたくて仕方なかった彼の姿が目に映る。
ベットの上で、彼はすやすやと眠っている。本当に、ただ眠ってるだけならよかったのに。
…………ようやく、会えた。私の恋人。
泣いたところでなんの解決にもならないってよくわかっているはずなのに、おそ松くんを失うかもしれない不安からなのか、なんなのかぼろぼろと涙が溢れ出した。
おそ松くんは身体中に包帯が巻かれていて、恐る恐る彼の心臓に手を当ててみると、そこはちゃんと動いていた。どくどくと静かに動いていた。
それで、また涙が止まらなくなる。
「おそ松くん、」
「ねえ、おそ松くん、」
「おそ松くんの、嘘つき。…でも、私もごめんね、」
「おそ松くん、私、話したいことたくさんあるんだから、だから、目覚ましてよ、」
おそ松くん、おそ松くん、おそ松くん、ってなんども彼の名前を呼ぶ。私の大好きな人の名前を何度も何度も、呼び続けた。
布団から出ていたおそ松くんの手をぎゅっとしっかりと握る。少し冷たくて、だから、私の体温を分けてあげるみたいに。強く強く握る。
もう離さないから、もう迷わないから、私、もう間違えないから、
だから、目を覚ましてほしい。
「ねえ、おそ松兄さんね!君のこと、すごく大好きだよ!だから、おそ松兄さんね、がんばってるんだよ、大丈夫だよ!おそ松兄さんちゃんと生きてくれるよ!目覚ますよー!!」
「僕もそう思うよ。」
十四松くんはにこにこ笑っていて、トド松くんは私にハンカチを貸してくれた。