「…一松だけじゃないか?」

「なにが、」

「お前、おそ松の見舞いに行ってないだろう?」

「あー」


クソ松の問いに適当に返事をする。
僕は薄情な弟だ。兄弟が意識不明の重体だというのに、いつも通り友達の猫と過ごしていた。
僕が行ったところで、おそ松兄さんの容態が変わるわけでもないし、無駄足になるのは目に見えてる。僕さ、無駄なことはしない主義なんだよね、めんどくさいし。


「代わりに彼女が行ってくれたから、」

「なまえちゃんか?」

「そう、」




……私、一松くんとは付き合えない。私が好きなのは、やっぱりおそ松くんなんだ。


彼女っても、もうとっくに僕の恋人って意味じゃないんだけどね。まあ、それがバレるのも時間の問題。でも、もしも、おそ松兄さんがこのまま帰ってこなかったら、彼女は一人ぼっちになっちゃうな。
そしたら、僕のところに来てくれるのかな。心はおそ松兄さんに向いたまま、僕ことを愛してはくれないかな。

答えはわかってる。きっと、彼女の性格からして、僕を身代わりにすることはないだろう。



「……………僕のが、先に出会ったはずなのに…」


おそ松兄さんが彼女に出会うよりももっと前に、僕は彼女に出会ってる。
あの日はちょっと羽目を外しすぎちゃって、っても僕、人とは争わないけど。まあ、あれ、猫の喧嘩に巻き込まれただけ。
痛々しい生傷から赤色が見えたけども、バンソーコーなんて持ち合わせてないし。このまま帰ろうとしていた僕に、バイト中なのかなんなのか君が通りかかって、なんの戸惑いもなく傷の手当してくれた。ただ、それだけ。その一回だけ。
特に印象に残る会話だってしてない、だから、君が僕のこと覚えてるわけない。


だけど、僕の記憶から彼女が消えることはなくて、会えない間、何度も名前すら知らない君のこと考えてた。馬鹿みたいだよ、恋愛なんて、君のこと想うたびに会いたくなってしまう。

それから、しばらくして僕はようやく君の名前を知ることになる。僕の望みは叶った。君にもう一度会えたから。

でも、一人で拗らせた片思いの果て…それはおそ松兄さんのカノジョだったってこと。世間って狭いんだなーって思い知らされたし、というか、なにこの結末知りたくなかった。永遠に片思いしてる方がマシだった。


あの時、おそ松兄さんがわけわからないこと言い出したからさ、あわよくば奪ってやろうと本気で思った。僕がなまえちゃんのこと好きなのはホント。君はそれすらも嘘だと思ってるのかな?




「…切っても切れないのが運命なんだよ、一松。」

「あ?」

「お前は不器用だからな、でも、お前にとっての唯一の存在もきっと現れるだろう。
なまえちゃんがおそ松だけを見てるように、一松だけを想ってくれる相手、きっといるはずだ。」

「うるさい。」

「そんな俺はたくさんのカラ松ガールズに求められてるから一人は選べないんだ、罪な男だな俺は。」


「…だから、うるさい。」


クソ松が鬱陶しくて、プラス八つ当たりも含めて、思いっきり一発殴ってやった。
サウンドバックが近くにあると有難い。少しすっきりと心が軽くなった気がする。



僕だけを見てくれる人ね、そんなのゴミクズに現れるのかな。よくわからない。




ねえ、おそ松兄さん。あんたが死んじゃおうが正直僕にとったらそこまで重要じゃない。こんな弟もって、あんた可哀想だね。

でもさ、なまえちゃんのこと想うなら、やっぱりおそ松兄さんは生きてなくちゃだめだよ。

………早くさ、クソクズで、お調子者で、バカな、いつものおそ松兄さんに戻ってよ。