▼ 7回目
「ねー、これにしようよ。」
「いや、え、ちょっと待て、なんでここにいるの?」
「だから、なまえのストーカーだって言ってるじゃん。何回言えばわかるの?」
そういうことを聞いてるんじゃないよ。たまには映画鑑賞でもと思って、仕事終わりにそのままレンタルビデオ屋に足を運んだ私の横には、いつのまにかこの紫のパーカーがいた。店に入る時はいなかったはずなのに…。ぞわっと背筋が凍る。ある意味ホラーだよ、これ。
そんなこんなで、今日も私は、絶賛ストーカーにまとわりつかれています。
△
「……ということで半径1メートル以上離れて!」
言うこと聞くわけもなく、一松くんはどさりと音を立てて、2人用ソファーに座った。そもそも、なぜこいつは当たり前のように我が家にいるんだ。この前、勝手に風呂沸かして、湯船に浸かっていたし。お前はここに住んでるのか!?そろそろ、その手首に手錠つけてあげようか!?
…たぶん、手料理を振る舞ったのが間違えだったのかもしれない。だって、あれ以来、絶対調子乗ってると思うの。
「…ねえ、映画ってさ、男女がくっついてちゅっちゅっしながら見るものでしょ?」
どこ情報だよそれ。だからそのキス顔やめてよ!と、言葉にすると疲れるのでツッコミは心の中だけにしておこう。黙っていれば私のHPは減らないと、それは最近学んだこと。
リモコンの再生ボタンを押して、しばらくすればDVDはいよいよ本編へと入る。けれど、様子がおかしいことに始まって数分で気がついた。映画の告知が流れてる時もやけにホラー映画が多いと思ったけど、まさかこれ。
「……そういえば、僕が恋愛ものからばっちりホラーに替えておいたよ。」
グッジョブじゃないよ!!なんてことしてくれたんだ、このクズは!あの恋愛映画の続編楽しみにしてたのに!
それよりも、よりによって、なんでホラーなの?!
画面から聞こえる物音にも、ぴくりと肩は反応してしまう。
お気づきかと思いますが、実は言うと、私はホラーが大の苦手なのです。恐怖のあまりぷるぷると身体が震えている。しかも、これ、一時期怖すぎるって話題になってたやつじゃん。
ちらりと一松くんの方を盗み見たけど、まっすぐに画面を見てるのに全く動じていなくて、できれば、一松くんに縋りたいけども、ストーカーのことは頼りたくない。だけど、怖い。温もりがとても恋しい。でも、目の前にはストーカー。
謎の葛藤をしてから、あ、そうだ、もういっそ、このままソファーで寝よう。うん、そうしよう。
きっと、それが一番平和だろう。そう確信して、目を瞑る。
「わぁあああああぁぁぁっ!!!!」
「ぎやあああああああっ!」
私のことを脅かしたのはテレビの画面ではなく、横にいたくそ野郎が突然叫んだからだった。
意味わからない、なんで、今叫んだの!?
予想外の恐怖を頭では処理しきれずに、ぼろぼろと涙が出てくる。私はお化け屋敷や肝試しをする時もこうなってしまう。あと、雷も嫌い。ひくひくと肩を揺らして、顔をしわくちゃにして、子供みたいな泣き方をしてしまう。
とりあえず、もう、やだ、最悪だ。
「……なまえ、可愛すぎるんだけど、」
「うるさい、こっちみないで!」
「やだね。」
ずいずいと彼が近づいてきて、ぎゅっと抱きしめられた後に、なにをされるかと思えば、ぺろりと涙を舐められた。違う意味で寒気が起きる。なにしてんの、この変態!!
べちんと平手打ちをしたところで、一松くんのほっぺか赤くなるだけで、なにも効果はない。
「……なまえの体液はしょっぱいね。」
「体液言うな!」
今度はキスまで迫ってきたから、思いっきり腹パンを食らわせてやった。相変わらず嬉しそうにしてる一松くんのこと放置して、私は寝室へと向う。もうむり、こいつと同じ空間にいるの、疲れる!!ホラーも見たくない!
「私、もう寝る!ひとりで見てればっ!」
「怒らないでよ。そういう顔も最高に可愛いけど。」
ぴしゃりと寝室の扉を閉めて、そのままそこに寄りかかる。どんどんどんと叩く音と、私を呼ぶ声が聞こえるけど気にしない。
どくんどくんと心臓の音がうるさいのは、ホラー映画のせい。
でも、時間差で顔が熱くなってきたのはなんでなのか、不覚にも頬が赤いのはなんでなんだろうか。
今日も一松くんのペースに乗せられてるのが、ただ、ただ、むかつく。きっと、むかつきすぎて、身体が火照ってるだけだ!きっと、そうだ!