▼ 4回目
「おかえり、なまえ。」
今日は残業地獄だった。疲れ果てた身体に安らぎを与えたいのに、そうもいかない。
待ってもいない待ち人がそこにいるからで、なぜかテーブルの上にはフランクフルトが一本用意してあった。
「なにこれ?」
「なまえに食べてもらおうと思って用意しておいた。」
「なんでよ?」
「なんでもいいから、早く食べて、」
そう言って、一松くんはなぜかにやにやしてカメラを構えている。意味がわからない。お腹も空いてたから、食べようかと手に取ったけども、口に入れる直前にハッと我に返った。パシャり、シャッター音だけが鳴り響く。
「自分で食え!」
「んごっ!」
もぐもぐと口を動かす一松くんのおかげで、食べ物を粗末にすることはなかったけど、疲れていたあまり、罠にかかるところだった。ふーあぶないあぶない。誤解を招くような写真撮らせるわけにはいかないし、なんとなく意図を察してしまった自分に絶望する。
「せっかくフェラ風の写真を撮ろうとしたのに……なまえ写真集作るためにさ。しょうがない、それなら、僕のフランクフルト…」
「脱ぐなー!!!」
じじじとチャックを下ろす一松くんを慌てて止める。もうやだ、疲れた、寝たいよ私!
だって、今日は重要書類を誤って送ってしまって、散々怒られてきたから。お酒でも飲んで、忘れてしまいたい。そう思って、ビール買ってきたわけですよ。一応4本。目の前の変態も飲みたいと言い出すかもしれないからってなんでストーカーのことなんか気遣ってんの私!
もう、やけだ存分に飲んでやる!と、持っていたビニール袋から缶を取り出し、カチッとプルタブを開けて、ビールを一気に飲み干した。
「…なまえ、仕事でやらかしたんだね。」
「してない、なんにもない。」
「僕、あんたのストーカだから、全部わかるよ。」
「わかってたまるもんか、」
一松くん相手になにを意地になってるのか。でも、ズタボロに言われたのは初めてで、さすがに落ち込んでいる。悔しいなーなんて思ってたら、なんだか涙が出てきた。
この前の合コン事件のせいで、女子社員からも避けられてる気がするし、最近何もかもらうまくいかない。
「泣かないで、」
「別に泣いてないもん」
「なまえに泣いて欲しくない。」
「…お前も原因の一つだよ!」
「え、そうなの」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔してる一松くんに、ため息しか出ない。どう考えてもこいつが現れてから調子は狂ってばかりだ。
「今日は帰る。」って窓から出て行こうとする一松くんの裾を思わず掴む。なにやってるんだろう。
変態でも、今はそばにいてほしいと思ってしまうほど、私は珍しくも精神不安でだった。
「なまえ……そんなに僕のこと…」
なにを勘違いしたのか、いきなり一松くんが抱きついてきて、バランスを崩した私たちは床に倒れこむ。 一松くんの瞳に私の顔が映ってるのがわかるくらいの距離、私たちの口と口は重なっていた。
「ご、ごごごごごめん、ごめん、本当にごめん、ごめん、なまえの初チューゲットした!!!やった!!!」
恥ずかしいのか喜んでるのか、顔を真っ赤にして万歳してる一松くんは、もう一回と飛びついてきたけども、その顔面にめり込むくらいの勢いで拳を投げつけた。殴ったあとに気づいたけど、一松くんに暴力を振るったところで、喜ぶだけだったわ。
鼻血出てるのも気にせず、私の手をとって、そっと見つめる。
「僕が、ちゃんと責任とるから…」
「とらんでいいわ!!」
ファーストキスとやらに夢はみてたけども、一瞬だったからよくわからない。
それよりも、不思議と嫌な気がしなかった、自分自身の方がよっぽと気持ち悪かった。