公開ストーカー | ナノ

 15回目




「ねえ、何してるの。」

「え、なまえの主夫さん。」


仕事から帰宅すると、髪がぼさぼさのストーカーは料理をしていた。ご丁寧にエプロンまで装着している。
フライパンの上には黒い物体がみえて、私よりも料理のできなさそうな彼は、一体何を作っているのか。聞かない方が身のためだろうから、あえてツッコミはしない。


「……昨日さ、思いついたんだよね。」

「なにを?」



頬を赤らめて、もじもじし出すのは、何か良からぬことを考えている証拠。はぁと盛大にため息が溢れる。だけども、もう慣れきってしまった日常。当たり前の光景だ。


「…僕と、なまえの新婚生活する妄想。だから、現実にしようと思って」


その熱されたフライパンに顔を突っ込んでやろうかと思ったのに、あまりにも幸せそうに綻んでいるから、構わずにテレビの電源を入れた。なにかこの場を紛らわせる音が必要で、ニュース番組がそこに移り淡々と情勢を伝える。

……もしも、こいつと結婚することになったら、彼の言う通りに稼ぎ頭は私で、一松くんは主夫になるんだろうなぁって、何考えてるの私!!!


気持ちを自覚してしまうと、一松くんは男の人にしか見えなくて、誤魔化すことに精一杯を尽くしている私。
今更好きと言えるわけがない。薄っぺらいプライドという塊が、私を素直さから遠ざけているの。

手元にあるビールを一気に飲みしていると、料理を終えた一松くんが得体の知れないものを乗せたお皿を私の前へ差し出した。


「見た目はあれだけど、味は自信あるから、食べてなまえ…」

今までなら絶対にゴミ箱へと直行だったのに、一松くんの作ったものだから、そんなことできるわけない。今までと変わらない日常なのに、なにもかもが新鮮に映るの。


「…まあ…僕の体液入りだからさ、愛情は込めたよ。」

ううん、やっぱりゴミ箱へと直行しようかな!

無言で皿をゴミ箱へと持ち出す私の腰を掴んで、冗談だって!と泣きつく一松くんの必死さが、どこか可愛く思えてしまうのは、私が病気を患っているからなのか。

恐る恐るその食べ物と呼べるのかわからないものをフォークで刺して、口元に寄せる。
匂いは普通に美味しそうなのに、グロテスクに映るせいで私の手を止めた。



「あーんしてあげようか?」

「結構です!」

恥ずかしくてそんなことできるわけないでしょ!

私の横顔をじっと見つめる視線に耐えかねて、目を瞑る。
そうだよ、最初から視界を閉ざしていれば全て解決だったじゃないか!

意を決して、ぱくりと一口含んだ。
見た目からは想像できないほどふわふわで、甘すぎない自然な甘さが口の中に広がる。これはパンケーキの味?
しかも、有名店で食べたものよりも遥かに美味しかった。
ストーカーのくせに、こんなのつくれるなんてずるい。


「………ねえ、元気でた?甘いの好きでしょ、なまえ。」


一松くんは心配そうにじっと私を見つめる。

まだ、気にしてたんだ。そんなに私ってば元気ないように見えるのかな。普段通りにしてるつもりなんだけどなぁ。
でも、照れ臭くて、目を合わせることすら躊躇してしまう私は、彼から言わしてみれば様子がおかしいのかもしれない。


「………そもそも、一松くんのせいだし…」

「え、どういうこと?」




「なんでもなーい!」


ぐりぐりと一松くんの両頬をいじくりまわして、つねって、私はまるで好きな女の子をいじめてしまう小学生の男の子みたいだ。

でも、大人になんてなれないし、大人のなり方がわからない。


好きだよの4文字、一生言える気がしないの。