▼ 12回目
「え、」
「……だーかーら、その、次の日曜日空けといてよね!」
「え、え、」
いや、これは友達が行けなくなっちゃったからで、別に一松くんと行くために買ったわけじゃないけど、映画の前売り券が二枚余ってる。今回はDVDじゃなくて、映画館。
身体は子供、頭脳は大人な超有名探偵アニメの映画だから、きっと、一松くんも知ってると思うし。だって、私、そんなに友達いないし、おそ松くんでもいいかなと思ったけど、まぁ、ちょうど目の前に一松くんが居るし。
ほんと、ただそれだけ、だから、顔真っ赤にするのやめてくれないかな?
こっちまで移りそうなんですけどっ!
「……そ、それって、デートじゃん。」
「違うし!ストーカーと映画見に行くだけだし!」
あ、自分でも何言ってるのかわからなくなってきた。1人映画なんてしたことないから、とにかく、来週の日曜は付き合ってもらいますから!
答えはもちろん「行きたい。」だったから、ほっとしてる私がいる。あれ、なんでほっとしてるの私。
こ、これはきっとチケット無駄にならなくてよかったていう安堵!
でも、楽しみで、ちょっとだけ口元が緩んだのもまた事実。
△
「おはよう、なまえ。」
「一松く…は?」
そして、やってきた日曜。
目の前にやってきた彼は、人違いかな?と疑ってしまうほど別人だった。
ていうか、何その格好?!髪型はとんがりコーンみたいで、色はピンク。紫色のジャケットにパンツ。どこのミュージシャンですか!?私、こんな人の隣歩きたくないんですけど!
とりあえず、お着替えしに一回お家に帰りましょうか?って笑顔で迫れば、一松くんは頬を赤く染めた。なんで、照れてるの?!
「なまえがそんなにいつもの僕が好きっていうなら、しょうがないから着替えてくる。」
「そんなこと一言も言ってませんけど!?」
ねえ待ち合わせの時点で、もうツッコミ疲れたんだけど、私!?
でも、ため息が出るものの、許せてしまうのは、一松くんだからなのか。
「なまえはそれ、デート服なの?」
「そんなんじゃないし!」
「…かわいい。」
白いヒラヒラとか、僕のこと誘ってる?なんて、にやにやしてる変態のほっぺたを引っ叩いてやった。
私はもともとこういう系統なんです!普段は仕事だから適当なんです。まあ、かわいいと言われて、嫌な気はしないけども。本当はお気に入りの洋服着てきたとか、絶対に口には出さないから。
………気を取り直して、隣には見慣れた紫パーカーにぼさぼさ頭の一松くん。
ポップコーンと飲み物を手にして、指定席に座る。場所は首が痛くならないちょうどいいところ。
周りを見渡せば、男女二組の姿もちらほらあって、雰囲気から恋人同士なのだとわかった。
あ、これって、もしかして、私たちもそう見えてしまってるんじゃないかな…。
いやいやいや、目の前で、抱き合って熱いキスしてるカップルと同じとかないない!ありえない!ていうか、家でやってよ!
横にいるストーカーにとんとんと肩を叩かれたから何かと思えば、手を広げて、キス顔してた。
「…なまえのことならいつでも受け止めるよ?ほら、遠慮しないで。」
イラっとするものの、なんで恥ずかしがってんの私!?「受け止めなくていいわ!」って、今度はいつもの様にほっぺを抓ってやった。
嬉しそうにする一松くんもいつものことで、私は呆れた後にだけど、薄く微笑む。痛めつけて楽しいとか、ドSとか別にそういうわけじゃないからね!一松くん構うのが、楽しいのはこの前認めたことだし。ペット構うみたいなそんな感じだからね!
「……僕ね、今日のためにこのアニメの800話ほどと、映画19本全部視聴して復習しといたんだよね、実は。」
「へ、へえ…」
さすがは自由の身のニート様。でも、一週間でそれだけの話数みるのは無理な気がするけど…そこは黙っておこう。一松くんだからありえるのかもしれない。もはや、やつはなんでもありの奇行種だし。
でも、それだけ楽しみにしてくれたってことで、それは悔しいけど私も同じだった。
「だってさ、なまえから誘われるなんて、今世でもしかしたら、一度きりかもしれないじゃん。だから、1秒も無駄にしたくない。」
「…………そ、そんなこと、ないかもよ。」
映画の告知が終わって、大きなスクリーンから一瞬音が消える。ぴたりと固まる一松くん。
私は紛らわすみたいに、手元にある飲み物を啜る。
「なまえ、」
「ほら、もう始まるよっ!」
「あ、うん。」
無意識に口走った自分に驚いたけど、それよりも
いつもの一松くんじゃないみたいで、どきどきした……かもしれない。らしくない雰囲気が私たちの間を流れる。
そのあとは、2人ともおとなしく、真剣に大画面を見つめていた。
キャラメルポップコーン、甘いなぁ。