公開ストーカー | ナノ

 9.5回目

「ありがとうございます」とやる気のない声に見送られてコンビニを後にする。右手には4本ほどお酒の入ったビニール袋。
私はお酒に強くない。2本飲めば充分なのに、なんでその手には4本もあるんだろう。残りは誰の分?ストック?
いやいや、ストック買うならスーパーの安売りで買いますから。

無意識に手にしていたことに、イライラは募る。2人分用意することが気づかぬうちに染み付いてしまっていた。

本当はもう自分でも気づいてる。でも、認めたくないの。

いつから、やつがいることが当たり前になってたんだろう。いつの間に、私の日常に松野一松の存在が必要になってしまったんだろう。

まあだからといって、1日中ストーカーされるのは勘弁だけど。それとこれとは話は別物だ。


さっき、家を出る時に見た一松くんは確実に悲しそうな顔してた。私の棘のついた言葉で、彼を傷つけてしまったの。
なんでさ、いつもみたいにわけのわからない御託並べて、言い返してこなかったの。そしたら、気まずくならなくて済んだじゃん。



「…どうやって、謝ろうかな…。」


なんていうか、衝動で言ってしまったけども、大嫌いだなんて嘘に決まってるって、素直じゃない私には絶対に口に出来ない。そもそも嫌いだったら、家に入れてないし。嫌いな奴には徹底的に距離を置くタイプの人間ですから私。

ここで力説したって、一松くんにはなに一つ伝わらない。わかってるよ、それくらい。




「っ!?」

カシャって音とともに、フラッシュが向けられた。一瞬の眩しい光に私は目を瞑る。
暗い道は怖いからと紛らわすためにしていたイヤホンを外した。

コツコツとこちらに向かってくる足音。一松くんって、思ったけど、そんなはずない。じゃあ、少し離れたところにいるのは、今、私にカメラを向けてるのは誰…?



「…やっと、邪魔物いなくなったねなまえちゃん。」

「は、」


誰?!暗いせいでよく見えないけど、その声はやっぱり一松くんじゃない。でも、なんで、私の名前を知ってるのだろうか。じりじり近寄ってくる物体に、逃げなきゃ、逃げなきゃって思うのに、恐怖で足が竦んで、動けなかった。
手の力が抜けて、持っていた袋が地面に落ちると、缶がコロコロと転がっていく。

深夜1時過ぎ。コンビニ以外に、明かりのついてるものといえば、このへんだと一本の街灯だけ。そうだ…ここは昼間でも比較的人通りの少ない、抜け道。

ようやく薄らみえてきた、気味の悪い笑みを浮かべるその人はやっぱり知らない人。
目の前まできて、がっしりと腕を掴まれる。振り解こうにも、あまりの力強さに、それも叶わない。



なんで、こんな時まで、助けてって思うのは、



あいつなんだろう。




「…僕のなまえに、なにしてんの、」


私の目から涙が流れたのが先か、それとも彼が登場したのが先か。
その人と私を引き裂いて、今、私の前に立っているのは紫のパーカー。その背中は、猫背のくせに逞しく見えた。ストーカーのくせに、やたら、かっこよくみえてしまったの。



「あのさ、次、なまえに近づいたら、殺すって言わなかったっけ?」


物騒な言葉と共に、一松くんがどんな表情してるのかはみえないけど、その人は怯える目をしてて、それから、なにも言わずに走り去ってしまった。

少しの沈黙が流れた後に、思わずパーカーを握りしめてた手を離す。くるりとこちらを振り向く一松くんはいつものように眠そうな顔、してなかった。珍しくも、眉を吊り上げて、彼は怒ってる。



「…もう僕決めたから。たとえ、なまえが僕のこと嫌いでも、一生ストーカーやめてあげないから。」

「え、」

「だいたい、なまえはいつもいつも無防備すぎ。自分の顔、鏡で見たことないの?可愛すぎだから、どこで、どんなやつがなまえのこと狙ってるかわからないじゃん。僕だって度胸さえあればなまえのこといつでも襲いたいし。こんな夜遅くに1人で外出るとかばかじゃないの、もっと、周り警戒してよ。」


いやいや、言ってることめちゃくちゃすぎでしょ!こっちも言い返してやろうって気でいたのに、抱きしめられてなにも言えなくなった。



………そうだ、いまは私が言うべきなのは、これだけかな。


「…ごめんね。それから、ありがとう。」


悔しいけど、安心してしまう私がここにいるの。