▼ 9回目
「おそ松くん!覚悟しろおお!」
「ちょ、いきなりなにすんだよっ!?」
買い物帰りに松野家の前を通りかければ、ちょうど用事のある赤パーカーがそこにいたので、登場がてら足蹴りをした。
暴力女っ!って、いくらでも叫べばいい!私はお前を一発殴らなきゃ気が済まなかったんだよ!
「なーに、一松がまたなにかしたの?」
「なにしたって、あいつ、四六時中まとわりついてくるんだけど!?」
「……なになに僕の話?」
「げ、」
スーパーで巻いてきたと思ったのに、そいつはいつの間にかまた私の目の前にいる。今まではまだ許せた。だって、ちゃんと家に帰って行ったし、朝起きてから、おやすみまでの時間をやつに拘束されてたわけじゃない。
なのに、今といえば、仕事中もずっと会社のビルの前でうろちょろしてるし、挙句、うちの警備員に捕まって、警察送りにされるとこだったし。泊まりたいだとか言いだして、追い出したら、うちの玄関の目の前で大の字で眠ってたし。大家さんにどれだけの時間叱られたことか…。一松くんとの生活もなんとなく慣れては来てたけども、こうも一日中付きまとわれてると、さすがの私も衰弱していく。
「一松さ、お前が思ってる以上に、お前のこと大事に思ってるんだよ。ちゃんとわかってやってよ。」
「そうだよ、僕はなまえのことが世界一大切だから。」
「いやいや、どこが大事にされてるの!?」
なにそのドヤ顔意味がわからないのだけど、不法侵入は仕方ないから今まで通り許してあげるから、会社にだけはこないでください。お願いします。ってなんで、私が頭下げなきゃいけないのか意味がわからない。
△
結局その日の夜も泊まりたいと騒ぐから、追い出したところでどんな問題起こされるかわからないし、一松くんはソファーで寝ている。彼氏でもなんでもないのに男の子泊めるとか、私も相当精神的に参ってるのかも。
呑気に口開けて寝ている一松くんが憎たらしくてしかたないのに、いつも結果的に彼を受け入れてる自分がいる。きつく言ったところでやつは動じないし。
むにーって頬を引っ張れば、のびるのびる。でも一松くんは全く起きない。起きないどころか、頬を離せば、いびきをかき始めた。こいつ、ニートのくせに、なんでこんなに熟睡できるんだろう。目が冴えてしまった私からすると、羨ましくてしかたない。
お酒、飲みたい…。冷蔵庫を開けてみると、求めていたものはなかった。そうだ、買い忘れてたんだっけ。
今はお酒に縋りたくてしかたないのに。なにかあるとすぐ酔いたくなるのは悪い癖。でも、しょうがない。ないのなら買いに行くしかないと重い腰を持ち上げる。
玄関でスニーカーを履いていると、後ろから人の気配を感じて、振り向けばそこには予想通りの人物がいた。ものの数秒前まで、熟睡していたはずなのに、なぜ、こいつは起きているの。それも、寝ぼけてる様子もない。
「どこ行くの、」
「ん、別にいいでしょ。」
「僕も行く。」
近くのコンビニだからと言ったところで、きっとこいつは着いてくる。やつがなんで、纏わりついてくるのかわからない。わからないから、こいつのこと考えてしまう。なんで、心のど真ん中にストーカーがいるのかよくわからない。自分のことなのに、わからない。もう疲れた。
きっと、原因はここ数日の睡眠不足。だから、頭がちゃんと働いてくれない。
とりあえず、私は一人になりたかったのだ。なんでもいいから、一人でぼっーとしていたかった。
なにも考えたくなかった。
「……もうさ、ちょっとは放っておいてくれないかなっ?!毎日毎日、鬱陶しいんだよ!いい加減にしてっ!一松くんなんて、大っ嫌い!!!」
本当はそんなこと思ってないって、私が一番よくわかってるのに、その言葉をやつは真正面から受け止めたようだった。
一松くんの絶望を受けたような顔を目にして、それから、私は勢いよく部屋を飛び出した。