▼ 8回目
「なまえさ〜最近、嫌だって言わなくなったよね〜?」
「もう、諦めたんです!」
ちゅううとストローでアイスコーヒを口へと運ぶ。何を言い出すんだ、このバカ長男。パフェを頬張りながらも、目の前でにやにやしてるこの兄のことも、弟と同じように殴ってやればいいのだろうか。
「だってさぁ一松のこと心配だから、わざわざ俺のこと呼び出したんでしょう?意外とかわいいとこあんじゃん!」
「ち、違うし!」
別に2日も姿を見せない紫色のことが気になったとか全然そんなんじゃないし。お前と私は友達だろ!友達呼び出すのに、理由なんかいらないし!ねえ、そうでしょ!?余計なことばっかり言ってると、パフェ代出させるけど?奢らないけど?!そう言えば、俺、財布持ってきてないし、無理だよ!って、男としてどうなのそれ。さすがは、最強のニート。
それで、おそ松くんの情報だと、一松くんは寝込んでるそうだ。全裸で外を徘徊してたら風邪を引いたそうで、最初聞いた時は意味がわからなかったけども、それ、風邪引く前に逮捕されなかったことが奇跡だから。
「まーそのうち治るから、心配すんなって!」
「心配なんてしてないし!」
△
ポストに入ってる手紙類を抜き取ってから、アパートの階段を登る。いつもだったら、身構えるのだけども、家に帰っても、一松くんはいない。それが寂しいのは、久しぶりに一人になったからで、相手が一松くんだからってわけではないとおもうの。それじゃあ、誰でもよかったの?そう問われたら、私はなんて答えるんだろう。
扉を開ければ、もちろん部屋の明かりはついていない。いつもなら、そこに一松くんがいて、毎日毎日なにかしら、ちょっかいを出してきたのに。
やっぱり一人は楽だしというのは、長い間一人暮らしをし続けてきた、私の強がりだった。
ヒールを脱ぎ捨て、テーブルの上にどさりとカバンやらなにやら荷物をおくと、はらりと手から落ちた白い封筒の中身が床に散乱した。
あーやってしまった。
ひどく疲れているのは、おそ松くんにツッコミばかりしていたせいだ。きっとそう。
落ちたそれは写真なのだけど、拾おうと伸ばした手が動きを止める。
私は自分の目を疑うことしかできなかった。
「…なにこれ、私の写真?」
10数枚に及び、すべてどこから撮ったのか、目線の合っていない隠し撮りばかり。おもに仕事帰りのもので、中には一松くんが映っているものもあって、これはこの前のレンタルビデオ屋の帰りだ。どういう意図でこれを私の元へと送ったのか、全く理解できない。
……気持ち悪い。ただ一言が頭に浮かぶ。
「一松くん…」
なんで、こんな時に私のこと守ってくれると言ってたストーカーはいないの。
私、実は怖いの苦手なのって、知ってるでしょ。こんな時に一番に思いつくのは、一人だけで、別に友達でも彼氏でもないのに、ストーカーに頼ってる私も充分バカだ。
どんどんと窓から叩く音が聞こえる。カーテンが閉まってるせいで、誰がそこにいるのかわからない。わからないのだけど、そうやって、たまにベランダから侵入してくるバカは一人しかいない。合鍵作ったのなら、正面からくればいいのに。なんでわざわさ2階までよじ登ってくるの。彼の行動は私には予測不能なことばかりだよ。
躊躇なく窓を開ければ、そこには望んでいた相手がいた。
「…僕のこと、呼んだ?」
「遅いよ、ばか。」
なんで、安心してるんだろう、私。